strum und drang!!

ヴォルフは先ほどの会食部屋に戻ってきた。

相変わらず人間の食い物とは思えないゲテモノが並ぶテーブルにおいて、ルクスの席だけは気持ちよいほど空の皿が重ねられている。

(……あいつは、ゲテモノマニアか?)

うっ、思わず胃がもたれる。

「あ、お帰りなさいヴォルフさん。ソフィアさんは寝ましたか?」

「ああ……それよりちょっといいかい」

部屋に戻ってきたヴォルフはリューシーの隣に座り寄る。

 「やだ…ヴォルフさん。こんなところで…みんなが見てるじゃないですか」

「この城は何かおかしい」

リューシーが電波を放つのはいつものことであるが今は状況が状況である。

ヴォルフは無視して本題に入った。

リューシーは相手にされないことにちょっといらついたようで、むすっとしながら答える。

「そりゃジンの棲家ですから」

「さっきここのアラブ人を殺した」

リューシーの声が凍りつく。

 「…ヴォルフさん。あなたはなんてことを」

表情や仕草とは裏腹にデザートらしきお菓子を口に入れる。

どうやらパンに砂糖をまぶしたもののようだ。

「最後まで聞けって。殺したっていうか、投げ飛ばしたんだよ。いきなり刀振り回してきたから。問題はその後だ。様子が変だからそいつの服を引っぺがしたら………骸骨になってたんだよ。それまであった肉がごっそり消えちまったんだ…!」

ゴリゴリと噛み砕く音が聞こえる。

ちょっと美味そうなので一本もらう。

ガリ、と歯ごたえが心地よい。

うむ。これなら食べられる。

 「――――粉の術クー・プー・ドゥル

 「何?」

リューシーはごくんと口の中のものを飲み込むとその単語を口にした。

 「簡単に言えば死体を操る術のことですよ。彼らは半分腐った体で足を引きずるように歩き、低い唸り声をあげながら人を襲って脳を喰らい、そして同類を増やしていく死せる怪物…」

 「ちょっと待て。そんなんじゃなかったぞ」

 「でしょうね。それは基本的に殺人などの重罪人に課せられる罰ですし、そんなんになったら何の命令もできない。ある程度の意思は必要です。あなたが殺したというアラブ人はどんな感じでしたか?」

 「普通の人間、に見えた。普通にしゃべっていたし」

 「ジンの中には生前に悪事を働いたものに罰として生きながら死体にするという術を施すことがあります。まあ何が罰なのかはジンの気まぐれ次第。ただ単に召使が欲しいだけなのかもしれませんし。それだけですよ。別に害はないですよ。人件費が安くていいじゃないですか」

 「何言ってるんだよ!絶対やばいって!」

こうしてはいられない。

人間を生きながら死体にして、意のままに操れる奴隷にしてしまうような危険な連中の巣にいるのだ、俺たちは!

ソフィアの回復を待ち、機会を見て抜け出そうと思っていたが、そんな余裕はない。

 「慌てない慌てない。切羽詰ったときほど冷静になるべきでしょう。ドイツ軍人はうろたえないのではなかったのですかヘル・シュナイダー」

 「うろたえないのと楽観的で何もしないのは違う」

 「そうですか」

 「そうだよ。さっさとこんなところはおさらばするんだ!」

ひそひそ話だったのに、だんだんと声が大きくなるヴォルフ。

思わず机を叩いてしまったため、部屋中の視線がこちらに集中した。

だが、リューシーは動じず肩をすくめる。

 「うふ、残念でしたねヴォルフさん。あなたの思い通りにはいきませんわ」

リューシーがニヤリと笑う。

ヴォルフは自分の喉下に刃物が突きつけられていることに気付いた。

 「…どういうことだ」

ヴォルフが見ると、先ほどから料理を運んでいた屈強なアラブ人の従者たちが相変わらずの無表情でルクスやアルクの喉元にも曲刀の刃物を突きつける。

どいつもこいつも帯刀していたようで、物騒極まりない。

だが、リューシーだけはこの状況を知っていた如く、まったく動じずにお茶を飲んでいる。

 「そういうことか…」

 「詩人は夢に神と語り、紙に言葉をつむぐ。詩人は狂気と妄想の中で生きるが、英雄は光の中で生きる。だが英雄が手に入れようとする栄光は破滅と手を携えてやってくるものです」

アンディが口上を述べる。

 「ジンの棲家に乗り込んできたことは勇敢です。しかしその勇敢さは命取りですよ。」

 「あ、この人たちは何も考えてないだけですから勇敢ってところは訂正をしてください」

「あらそうでしたか」

リューシーはニコリと笑ってアンディに言う。

 「ヴォルフさん。ジンが人を食べる鬼だということはご存知ですか」

リューシーの言葉はヴォルフの心に強い衝撃を与えた。

「…ちっ やっぱりベレンナの言ったことは本当だったのか」

ヴォルフが舌打ちする。

それはここがジンという魔物の巣だったことに対する怒りではない。

信じていた友人に裏切られた、そしてその前兆があったのに妄信していた自分に腹が立つ。

そして向こうでルクスが何か怒鳴っているが、相手にしている余裕はない。

ヴォルフは精一杯動揺を隠して、ひょっとしたらまたいつもの悪い冗談だという期待をしてリューシーに問う。

 「リューシーさん。君は俺に嘘をついたのか?ここに来たのは解毒剤をもらうためだと言ったのに…」

 「お人よしですねヴォルフさん。あんまり他人を信じちゃだめですよ。他人ほど信用できないものはこの世に存在しないんですから」

まったく悪びれた様子が見られない。

まるで嘘をつくのが当然だと言わんばかり。

今わかった。

このリューシアナッサという女は呼吸をするように嘘をつくタイプの人間だったのだ。

「リューシアナッサ。あなたには感謝してます。あのような”食材”をよく届けてくださいました。あのような高級品はなかなか闇のバザーでもお目にかかれない」

 「どういたしまして。わたしもあのストーカーには悩まされていました。煮るなり焼くなり好きにしてください」

「そうですね。個人的にはから揚げというのもいいかなと思ってます」

まるで夕食の献立で盛り上がる主婦のように恐ろしいことを話す。

無邪気な分、かえって恐怖が増す。

本当に残酷なことは、それが残酷であるということに気付かないことなのだから。

 「あなたたちの話はまあまあでした。よって2級の来賓の扱いをさせていただきます」

 「ほぉ、話の面白さによって待遇が変わるってわけかい。しかも2級とはちょっと酷いんじゃないか」

 「あら。これでもおまけにしてあげたのですよ。合成獣キメラと戦ったのはポイントが高かったですが、それだけでは」

 「一眼巨人キュプロプスとでも戦えば良かったっていうのか?あいにく、この20世紀の科学全盛の時代にそんな化けモンがそこらへんにうようよいてたまるかよ」

 「それがそうでもないのですよ」

 「俺たちを食う気だったんなら、なんで最初から殺さない?」

 「最初に言ったでしょう。わたしは退屈なのです。人間の土産話は数少ない娯楽。それに太った方が食べ甲斐がある」

 「シャイセ! 人間を喰うだと……なんて野蛮な連中なんだ。ここのやつらは…」

 「あなたたちも鳥や牛を殺して食べるでしょう。生きたまま食べろと?それこそ野蛮ではないですか?」

 「俺たちは動物じゃない!人間だ」

バン!と怒りに満ちた声を上げながらテーブルを叩くヴォルフ。

 「我ら砂漠の精霊ジンから見れば人間も家畜も大して変わりませんよ。下等な生き物ができることは我らを楽しませることだけ」

 「ふざけたことを言うな!」

 「わたしの知る限り、人間という生き物は同族をそれこそ家畜のように扱う生き物。この大陸でも人間が猛獣を追い回すように他の人間を追い回していたのを何度も見てきました。それなのに人間は自分を崇高な生き物と思っている。なんとも傲慢なことか。我らは食べるために人を殺す。人間は金のために人を殺す。果たしてどっちが野蛮なのでしょう?」

 「…だからなんだってんだ!はいそうですかって食われてたまるかよ!」

歯を食いしばり、怒りを押し込めているのが誰にでも感じ取れた。

しかしその厳しく突きつけるような視線の陰でヴォルフはゆっくりと酒瓶を掴む。

怒ったフリをしながら、実際に怒っているのだが、できるだけ自然な演技でチャンスを待つ。

アルクだけがその動きに気付いたが、他には誰も気付いた様子はない。

アルクはヴォルフの仕草を見逃すまいと集中する。

 「……あんた、そんなに娯楽が欲しいのか?」

 「欲しいですね。あなたがそれをくれてくれると期待してた」

 「ならこういうのはどうだ?」

ヴォルフは密かに握っていた瓶で自分の首に刃を向けるアラブ人を殴った。

バリンという音とともに瓶が砕け散る。

ヴォルフが動き出すのと同時にアルクも掌打を放ち、肘先をいったん上に向けてから斜めに袈裟斬りのように打ち付ける肘打ちを放った。

カツン!

骨と骨がぶつかる感高い音が響く。

 「ルクスを離せ!」

鉄板を仕込んだブーツの底はサーベルの刃の上から蹴り飛ばす。

しかしその衝撃はルクスにも浸透する。

 「――― ぐっ!」

 「大丈夫か!?」

 「ちょ、ちょっと今のはきつかったわね。食べたばっかだし…うえっ 吐きそう」

ヴォルフはテーブルを蹴り飛ばし、その上に飛び乗って、残った料理の乗っている皿を次々にシュートする。

流石は元サッカー部フォワード。

次々に襲い掛かる衛兵たちの顔面に器用にも皿を当てていく。

当然、テーブルクロスはぐちゃぐちゃになった。

 「おのれ人間!なんということを!そのテーブルクロスは結構高いのですよ!」

意外とケチな発言だった。

 「やかましい!こんなゲテモノばかり食わせやがって!客人はもっと丁重に扱え!」

蹴るのに手ごろな皿がなくなると、今度は食卓の上にあった火の灯った蝋燭を投げつける。

かなり危険な行為だ。

アンディはさっと避ける。

ガチャン、と割れる音がした。

 「意外とヴォルフさんって御飯にうるさい男だったんですね。わたしの作った料理は文句言わないで食べてくれましたのに」

 「そうなのですかリューシアナッサ?」

 「たぶんこれも愛の形ではないかと。なんちゃって、あはっ」

 「…俺は基本的に好き嫌いはないし、職業柄大抵のもんは食える。だが何にでも限度ってもんがある!」

リューシーの言葉に怒鳴って答える。

蝋燭台を手に取り身悶えている裏切り者の顔をにらめ付け――――

 「犬を食わせやがってっっ!」

再びアンディに向かって投げつけた。

 

 

 

―――――斬!!

すると投げつけた蝋燭台が3つに分かれた。

否、3つに切断された。

そのうえ、蝋燭台を切断した目に見えない巨大な刃が背後の壁に深い爪跡を残す。

まるで巨大な猛獣が爪でひっかいた、否、ひっかいたというレベルではない。

ごっそりとその場にあったはずの物体が根こそぎ持っていかれた。

シャベルカーのような重機でもここまで奇麗な堀跡は作れないだろう。

 「―――人間。その辺にしてもらいましょう。誰が部屋の掃除をすると思っているのですか」

アンディの右手の筋肉が異様な硬直を見せる。

それ以外の肉体は10代の少女のそれなのに、その右手はさながら鬼か魔物の手のようだ。

 

先ほどのあれが魔術なのか、それとも純粋な衝撃波なのかはわからない。

前者ならば恐るべきは妖怪変化であり、後者ならば人間とはまったく比較にならないほどの腕力を持っていることになる。

もしも彼らがその気になれば、人間をボロ雑巾のように引きちぎることも可能だろう。

ここは魔物の巣であり、今のヴォルフは人々を苦しめる魔物を倒しにきた勇者ではなく、哀れ死を待つだけの生け贄の羊に過ぎないのだ。

 「正体を現しやがったな…」

 「正体とは異なこと言う。わたしは最初から食人鬼ジンだと名乗っていましたよ」

ヴォルフはアンディをにらめつけながら、一瞬ちらりと逃げ場を確認する。

この部屋は普通に歩いても10秒あれば入り口から部屋の奥まで行けるだろう。

走ればさらに縮まる。

だが、問題はそのルートがことごとく防がれているということだ。

目の前にはアンディと、彼女の従者の衛兵が5人。

何か武器になるものは…

ヴォルフは背中越しの壁を見た。

そこにはなにやら巨大な動物の角のインテリアがある。

これは牛だろうか、どこかで見た懐かしい形だ。

いや、この際この角が何の動物のものだろうと関係ない。

死中に活を見出す。

とにかく殺されるよりは力づくで出口まで行き着くしかない。

とりあえず手に取って殴りかかる。

 「うぉおおりゃああ!!」

重量のある手ごろな”棍棒”は相手をひるませるに十分な威力を持っていた。

この狭い部屋に大人数では自由に動いてかわすことは難しい。

ゆえに広いところなら軽々かわせるような大降りの一撃もそのまま受けることになる。

しかしすぐに騒ぎを聞きつけ、次々に部屋に男たちが乱入してきた。

出口は大渋滞。

ちらりと横を見れば、ルクスはねじふせられ相変わらず何かを叫んでいるが、口には布で猿ぐつわをされて言葉になってない。

アルクは前のめりに倒されたままビクリともしない。

生きているんだか生きてないんだかわからない。

あ、動いた。

よかった。なんとか生きてはいるようだ。

それにしてもこいつ、実は喧嘩弱いのでは・・・?

そんなことを思っている場合でもない。

こっちもいよいよ逃げ場がなくなってきた。

こうなったら…

ヴォルフは角を投げつけ、その隙に再びテーブルの上に飛び乗り、さらにそこから飛んで天井のシャンデリアを掴んだ。

振り子の要領で勢いをつけて衛兵たちの頭を飛び越える。

すたっと着地し、アンディの首に腕を回して絡ませ、がしっと裸締めする。

 「動くな!この女の首をへし折る・・・ぞ!?」

ヴォルフの目の前の景色が天地逆転に反転する。

ぐらりと一瞬の浮遊感を味わったあと、背中からたたき付けられて呼吸が止まる。

 「何をへし折るですっ? くすくす」

アンディは恐るべき膂力でヴォルフの体を持ち上げ、そのまま壁に投げ飛ばした。

恐るべき腕力。

重心を崩すこともなく、純粋な力のみでヴォルフの身体を宙に舞わせた。

 「ぐはぁッ!」

なんとか受身を取るが、壁にたたき付けられた衝撃をすべて消し去ることは出来ない。

激しく叩きつけられ、インテリアと化した武具がガラガラと音を立てて崩れる。

この部屋にはリューシーが弾いたバイオリンと同じように、様々な「客の置き土産」があった。

その中には装飾用であるが剣や槍までもあり、それ人間相手の限定的な範囲だがは殺傷能力を持っている。

必死で立ち上がろうとするヴォルフの目の前に、装飾用の剣が置いてあった。

相手にこんなものが通用するだろうか。

いや、通用するかどうか問題ではない。

スポーツや決闘などの限定された戦い以外では、絶対に素手になってはいけない。

これは戦いの基本だ。

まずは何かを手に取る。

話はそれからだ。

負けるというのは戦う意志をなくすことなのだから。

ヴォルフは藁をもすがる気持ちでサーベルを手に取った。

 「まったくしつけの悪い人間だ。部屋をこんなにして」

 「悪かったな」

ヴォルフはサーベルを構えて減らず口を叩き相手を威圧する。

ピンチのときほど不敵に笑う。

これがヴォルフ流の勇気の出し方だった。

もっとも客観的に見て完全に囲まれた上に人質までとられて勝機はゼロ。

現実は厳しいものだ。

 「おや、その剣でわたしを斬るおつもりですか?魔法師ですらないただの人間風情が?」

幸いにもアンディは衛兵たちの先頭にいた。

 「――――ああ」

せめて一太刀。

「あははは!―――己の無力をかみ締めなさいッッ!!!」

アンディが再びあの特殊な斬檄を放つ。

立ちふさがるすべてを切り裂く魔物の手。

特大の切れ味のよい刃を高速で投げつけるような攻撃。

だが、それが限定的な範囲しか攻撃力を有しないとなれば――――

斬ッッ!

再び、アンディが空間を引き裂く。

木製のテーブルの繊維をごっそりと持って行く。

だが、ヴォルフはそこにはいない。

攻撃体勢から戻れないアンディに空中を滑空しながら接近する。

 

 

 「てぁりぃりゃああ!!」

カンっ!

剣戟の音が響く。

 「いけませんよ。ヴォルフさん。部屋の中で暴れるなんて」

ぷんぷんと、相変わらずのマイペースでリューシーがヴォルフの剣を自分の剣で止めていた。

すかさず下段、中段と突きを放つが、間に入ったリューシーは機械のような正確さで剣をはじく。

 「そこをどけっ!」

 「どかせたいなら力ずくでどうぞ。強引な殿方はときに魅力的に見えます」

 「シャイセ!」

ヴォルフはリューシーに斬りかかる。

だが、リューシーはヴォルフの剣を軽く受け流す。

ヴォルフは連続して斬りかかる。

太刀筋というものは大きく分けて9個に分類される。

だから優れた剣士はその9個のパターンに自然と反応し、それぞれにあった動作で対抗する。

本格的な修練を積んだものは、その練習量に比例してスムーズな返しを行うことが出来る。

「ちっ、素人じゃないな!」

素人どころではない。

その無駄のない動き、スムーズな足運び、間合いと呼吸。

どれをとっても本格的に剣術を学んだものの動きだ。

完全に手玉に取られている。

 「剣術なら4歳の頃から習ってましたから」

 「また嘘か!」

再び剣が交差し、激しい金属音が幾たびも鳴り響く。

 「嘘って何のことですか?」

 「俺は君が戦えないと思ってた」

 「……思い込みの強い人だ。戦う方法を知らない人間がSSに刃向かえると思っていたのですか?」

ヴォルフは言葉を消し去りたいが如く、全力で斬りつけ続ける。

 「さっきから守ってばかりだな!」

 「攻撃は最大の防御にあらず防御こそが最大の攻撃。強い剣士ほど守りが上手いものです。そうやって攻撃ばかりしてるとだんだん動きが大きくなって…」

リューシーはヴォルフの突いた剣を引っかけながら、そのまま振り込むように剣を薙ぎ払う。

相手の剣をあさっての方向へ追いやることで、相手の防御手段を奪う高等技術。

ザグ、とヴォルフの服が切れる。

 

 

 

 

 

 「こうなります。おわかり?」

 「…ああ。ああ、よくわかった。君は俺が守る必要がないくらい強い。クソっ。こんなことに今まで気付かないなんて」

今は手加減された。

それくらい決して達人とは言えないヴォルフにもわかる。

そして、服だけを斬るというのがどれほどの技術の差を示しているかも。

ソフィアという良い師匠がいたものの、所詮は護身にも満たないスポーツレベル。

本格的に修練を積んだ剣士と剣で勝負しては勝てるはずもない。

 「強いとわかってたらなんです?」

 「俺より強い女を守る必要があるかよ」

 「………」

リューシーは距離を取る。

 「……もしもわたしが最初から自分で自分の身を守れると知っていたら…。あなたはわたしを助けてくれなかったのですか?」

 「もしも、なんて話。俺は嫌いだ」

 「…」

 「俺は「あのときこうだったら」なんてことは考えないようにしてる。後悔し始めたらキリがないからな」

 「……つまり学習能力がない?」

 「違う!」

どこをどう聞けばそういう結論になるのか。

 「あのときは君を助けたかった。だから助けた」

 「どうして助けたかったの?」

 「知るか!」

 「……それで、今はそれを後悔してますか?」

 「―――――」

あのとき、SSに絡まれたリューシーを助けようとしてやっかい事に首を突っ込まなければ、あのキメラなる化け物とも戦わずにすんだ。

そうすれば毒に感染することもなく、こんなところでこんな目に会う必要もなかった。

今、この状況を作り出したのはすべて、目の前の女のせいだ。

それは明らかな事実だった。

 「いや。後悔はない。俺は・・・俺自身の名誉のためにやった。そして今もそのために戦っている。プロイセンの騎士とはそういうものだ」

 「くす。騎士、ですか?今どき」

 「…君こそ何のために戦う!」

きっ、と睨みつける。

 「霊薬エリクサーのため」

リューシーは、さっ、と言った。

 「あなたは霊薬エリクサーを解毒剤だと思ってます。わたしがそう教えたから。でも実際は違う。解毒効果もありますが、その本質は魔力増強・回復の特効薬。幻想種の毒消しはその服用作用なのですよ」

 「…つまり栄養ドリンクみたいなもんか」

 「また見もフタもない言い方をする・・・まあそんなところです」

 「君がそんなものをもらってどうするんだ。だって君は魔力とやらが不足してないだろ」

 「してますよ。それも大幅に。ソフィアさんにキューバを倒されちゃいましたから。ヒューバなしではSSからとても逃げ切れない。どうしても必要なんです」

 「ヒューバ!? 君が言ってたドラゴンのことだな」

 「ほお、リューシアナッサ。あなたは幻想種専門の魔法師、つまり召喚師だったのですか?それも竜種を召喚するとはなかなか腕が立つ」

 「いえいえ。召喚したまではいいですが、暴れさせると制御できない。その程度の未熟者ですよ」

 「最初からそのつもりだったんだな!俺とルクスの解毒というのはただの口実で、全部自分のために…!」

 「ごめんなさいヴォルフさん。わたし、どうしてもSSには捕まりたくないの」

 「シャイセッ!!」

ヴォルフは少女の剣を横から殴り飛ばす。

リューシーの手からカランと音を立てて剣が離れ、返す一撃がリューシーの頚動脈へ向かって走る。

このままこの女の首を切り落としてやる!

・・・・。

 「どうしたのです?なぜ剣を止めるのですか?」

 「…」

 「………あなたはどこまでも筋金入りのバカなんですね。この先もずっとそうやってバカのまま生きるつもりですか?」

ヴォルフの薙ぎ払った剣の切っ先はリューシーの首の直前で止まっていた。

 「…うるさい。バカで何が悪い。俺は悪人になるくらいならバカになる方を選ぶ」

―――悪人?

信頼を裏切り、仲間を危険に晒しているこの裏切り者を殺すことが悪なのか?

何を迷うことがある。

裏切りは血の粛清でのみ贖われるものだ。

そして今すぐにでも刃をこの女の首に走らせればそれで終わる。

 (…何が終わるってんだ。クソ…っ!)

何が何なのかわからない。

なぜこうなったのか。

 「…戦う気がない女を斬れるかよ」

さっきの剣を弾いたとき、明らかに彼女は自分から剣を離していた。

つまり、戦う意志を放棄していたということだ。

どんな理由があろうと、どんな状況だろうと、無防備の女を殺すことは、できない。

まして、その相手が自分の命の恩人であり、信頼していた友人ならば。

たとえその結果自分が殺されるとしても、手は出せない。

――――ヴォルフ・シュナイダーはそういう馬鹿な男だった。

 「…あなたみたいなお人よし。わたしが知っている中では2人目です。思った通り、あなたにわたしは殺せない」

リューシーはため息をつく。

その目は呆れている様子が窺えるが、先ほど一瞬だけ見せた悲しみはなかった。

その代わり、とても嬉しそうな、穏やかな素顔を垣間見た気がする。

リューシーはヴォルフの剣の峰を手づかみして引っ張ろうとする。

ヴォルフは慌てて剣を引こうとした。

しかし、同時につかまれれば引っ張りたくなるもの。

それは、褐色の少女が描いた青空絵の通りだった。

 「ぐ―――ハァ!?」

本日何回目かの空を舞うヴォルフの離陸(フライト)。

リューシーはトカゲの如く地を這うように身を屈めながら右手でヴォルフの足を刈り、浮いたところをショルダーチャージで身体ごと吹き飛ばした。

人の身体は飛ぶようにできているのだろうか。

ごろごろと床に叩きつけられる。

 (……なんて…クソっ。やっぱ強いじゃねぇか。俺の助けなんて…いらないくらい……)

動かない身体の痛みに苦しみがら最後の怒りを燃やす。

視界にアンディが入った。

 「なかなか楽しませてもらいました。特別にあなたはスープにしてあげましょう。コンソメで味付けてネギで香りをつけてあげますよ。ふふふ」

ヴォルフは必死で手を振りほどこうとするが、だんだんと意識が遠のいていく。

アンディはヴォルフの腹を踏みつける。

虚ろな意識が逃げられない腹の苦痛で一気に目覚める。

 「気付けです。目が覚めましたか?死んでしまっては味が落ちてしまいますね」

 「はァ―――はァ―――」

 「感謝するのですね。リューシアナッサのおかげであなたは数日の命を得られました」

 「―――な、に?」

 「わかりませんか? わたしと戦っていたらあなたは死んでいた。もっとも、死の恐怖に怯えながら過ごすくらいなら、ここで死んでしまった方が楽かもしれませんが」

 (……リューシーさんが……俺を助けた、のか?)

返事をする気力もない。

散々身体を痛めつけられたのだ。

だが、ここで倒れるわけにはいかない。

ギン、と頭が痛い。

電撃が走ったように。

ぐらり、と目の前が歪む。

まばたきをする。

目の前が白くなった。

あれは―――――――雪?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が降り積もったクリスマス。

ホワイトクリスマス。

聖なる夜。

誰もが幸せになれる夜。

父親は仕事場から早足で帰宅し、母親は子供たちと帰りを待つ。

白く染まった街、白く染まった空。白く染まった裏道。

「――――お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

そこに意図的に演出されたかのような赤いシミ。

そこに響く絶叫。

少年の声。

悲鳴。

彼はどうすればいいかわからない。

「目がぁ…!目がぁ…!あああんん……!」

ポタポタと落ちる赤い水滴。

赤く染まる雪。

赤く染める血。血、血、血、血、血・・・

「たすけぇ…たすけぇよぉ…」

「お姉ちゃん!しっかりして!お姉ちゃん!どうしたの!」

「痛いよぉ…痛いぃい…熱い…目が、目が熱いのぉお…!うあああん!」

少年はまだ10歳前後だろうか。

顔面は恐怖に染まり、ガクガクと鳴る音は彼の歯が身体の震えで当たる音。

通行人に助けを求めようとしても、こんなときに限って誰も歩いてない。

「――しっかりしろ!大丈夫かソフィア!」

少年が泣きながら途方にくれてから数分後、異変を感じた大人の男性が少女を抱きかかえた。

慌ててもう1人、こっちは男性よりは年下の女性。

「ジクルト!ソフィアは!?」

「心配してたことが起きた」

「じゃあやっぱり<先祖帰遵アーモン・ゲート>が起きたんか?」

「ああ。だがティル、今は慌てずに冷静になるんだ」

「…そやな。じゃあまず何をすればいい?」

「君は家に戻って、お湯と毛布と彼女を寝かせられる場所を用意してくれ。わたしはソフィアを家に運んでから医者を呼んでくる。こんなこともあるだろうとちゃんと準備はしておいたから心配はいらない。君も何年か前になっただろ。あれと同じだ」

「うん。わかった。お湯と毛布やな。頼むで」

ティルと呼ばれた女性はそこで泣きじゃくる少年に気付いた。

「ヴォルフ。お前は自分の家に帰るんや!」

「だって、お姉ちゃんが…お姉ちゃんが」

「お前がいたって何の役にも立たん。家でおとなしくしてろ」

「ボ、ボクだって何か」

「えーな!」

「………うん。わかった……」

「ええ子や。ほなジクルト。うちは先に戻ってるで」

「わかった」

あのあと、「お姉ちゃん」は元気になったし「俺」も大きくなった。

「お姉ちゃん」の一族はみんな「先祖帰遵アーモン・ゲート」を経験するということを知った。

だけど思い出すのはあのときに何も出来なかった「俺」。

「お姉ちゃん」を助けることも、助けを呼びことすらできなかった無力な「俺」。

「俺」は決めた。

「お姉ちゃん」を守れるような強い男になると。

あの、ジークフリートさんのような、目の前で苦しんでいる女の子を守れる強い騎士になると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………姐さん!」

はっ、とヴォルフが意識を取り戻して起き上がる。

「あ、シスコンがようやく起きた」

 「誰がシスコンだ…」

ルクスは無言で指差す。

 「違う!」

 「だって姐さんって言ってたじゃない」

 「ソフィア大尉のことだ」

 「あんた、あの人の弟だったの?」

 「違うよ。小さいときに遊んでもらったから姐さんって呼んでるだけだ。当然、俺と姐さんは血は繋がってない」

 「それで? つまり血の繋がってない姉のことで頭いっぱいなんでしょ?やっぱシスコンじゃない」

 「……もういい」

これ以上話す気力を失ったヴォルフはきょろきょろと周りを見渡す。

煉瓦で造られた密室。

3方を壁で囲まれ、目の前には鉄格子のドアがあり、当然鍵がかかっている。

そうとう古いが、あいにく人間の力でどうにかなるような代物ではない。

暗くてよく見えないが、壁に染み付いている染みはもしかして人間の血なのだろうか。

 「ここは?」

 「見ての通りホテルの部屋だよ。風呂なし、ベッドなし、ルームサービスなしでチェックインがいつなのかわからない高級ホテルの一室だ。気分はどうだ?あんまりぐっすり寝てたから死んだかと思ったよ」

言ったのはルクスではなかった。

 「あんた…」

ドン・ルイス・ベレンナがそこにいた。

面倒くさそうに寝そべっている。

 「あんた。こんなところで何やってるんだ?」

 「見ての通り宿泊客だが?」

 「……なるほどドジったのか」

 「それはお互い様だろう?」

 「はいはいそこまで。それより、何がどうなってんの?ちゃんと説明して欲しいんだけど」

 「それより俺はどのくらい寝てた?」

 「少しよ。たぶん30分も経ってないわ。時計がないからはっきりとはわからないけど」

なるほど。そういうことか。

ヴォルフは自分のおかれた状況をだいたい理解した。

あのとき、必死で意識を掴もうとしていたが、努力空しく気絶してしまったというわけだ。

そしてここは牢屋。

彼らが食べる食材を閉じ込めておくための倉庫だ。

 「説明って…ベレンナから聞いてないのか?」

 「ヴォルフが目を覚ましてから聞いた方がいいだろうって言うから待ってたんだよ」

とアルク。

 「そうか。わかった。実は…」

ヴォルフは自分の知っている限りのことを話した。

ルクスとアルクに分からせるためでもあり、自分自身に理解させるためでもあった。

 「死体?わたしたちが見たあの従者たちがか?どうみても人間だが…ホントなのか?殺すと骸骨になるというのは」

 「ああ。やっぱこの城はおかしい。ベレンナの言うように、ジンというのはアラビアンナイトに出てくるような食人鬼だったようだ」

 「わたしたちが殺されるのは早ければ明日の朝食というわけだな」

 「こうしちゃいられないわ。なんとかしてここから出ましょう!」

あぐらをかいて話を聞いていたルクスがぽん、と自分の足を叩いて語気を強めた。

 「……どうやって?」

アルクの質問は正論だった。

 「ようするに鍵さえあればいいのよ」

 「そりゃそうだが…」

 「その鍵とやらはどこにあるんだ?」

 「あれよ」

 「どれだ?」

ルクスの指差す先にはたしかに鍵があった。

この牢を出ればすぐ手に出来るところに鍵がある。

壁に掛かっており、距離は直線にして5メートルといったところか。

どんなに手を伸ばしても届きそうにない距離である。

 「シャイセ!あんなところにあるんじゃどうしようもないぞ!」

 「そこなのよね。なんとかしてあの鍵を取れれば…」

周りを見渡すと、誰もいないが、ただ一匹だけ犬が静かにこちらを見ていた。

 「あの犬は?」

 「番犬だ。ここから逃げ出すようなことをしたらあの犬が吼えるってわけだ」

 「だけどあの犬。さっきずっと吼えてたわ。それでさっき上の衛兵が何事かと乗り込んで来たけど、そのうちまた吠え出すんじゃない?」

 「…ってことは。今から俺たちがここから出るのを見て吼えても、見張りはこないってわけだ」

 「そうね。実際、あんたが気絶してる間に何度も吼えてたけど誰も来なかったし」

 「チャンスだ!なんとかしてこの牢さえ出れば見張りがいない!」

 「だからどうやって外へ出るか教えてくれ」

 「…それは……」

言葉に詰まるヴォルフ。

 「……しょうがないわね。ここはあたしに任せなさい」

 「どうするつもりだ?」

 「ふふふ。あたしはカウボーイよ」

  『意味がわからん』

ヴォルフとアルクは声をそろえて言った。

 「わっかんないの? 投げ縄よ。な・げ・な・わ。さあさあ、あんたら服を脱ぎなさい。それを繋いで縄を作るの」

 「……そんなんであの鍵を取れるのか?うまくいったら奇跡だぜ」

 「『神の斧より人の斧』。当てにならない神様に祈る前に自分でなんとかしなさいってこと」

さっそくルクスの言う通り服を結ぶ。

4人分の服とズボンとベルトを結んだおかげで直線距離は稼げた。

問題はここから。

 「よっしゃ。いくわよ〜」

ルクスは舌なめずりをして投げ縄を飛ばした。

ガラン、と鍵が引っかかる。

 「おおっ!」

予想外の手際の良さにやってる本人が一番驚く。

 「凄〜〜い!一発で鍵に届いた。あたしって天才?」

しかし一回目は鍵が地面に落ちたところで失敗した。

 「よっしゃ! もう一度…!え?」

しかし、ルクスが再び投げ縄を飛ばしたところでハプニングが起きた。

見張りの犬が落ちた鍵を咥えてしまったのだ。

 「ちょ・・・!なんてことをするのよ!この馬鹿犬!」

しかし、犬は安全距離を確保してその場に座り込んでしまった。

鍵を咥えたままで。

 「あ、あの馬鹿犬〜〜〜!…こっちをおちょくってやがるわ…!」

 「賢い犬だ」

 「関心してないで。次のプランよ。やることはわかってるわね?」

この状態でやることは一つである。

ヴォルフとアルクはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「仲間を売るとは酷い女ですね」

先ほどと別の部屋。

ヴォルフのせいで散らかってしまったため、アンディは他の部屋でゆったりとしていた。

さすがに一国一城の主だけあって、この手の部屋にはこと欠かない。

 「彼らは元々仲間ではありません。むしろ私は彼らに脅迫されてここまで連れてきたのです」

 「しかしあのシュナイダーという男はあなたを信用したようにも見えましたが?」

 「それは素晴らしい。女優になればよかった」

 「悪女ですね」

中傷とは裏腹にアンディの口元にはにやりとした笑みが浮かんでいた。

人間の浅ましさが面白くて仕方ないといった顔だ。

 「人生は歩きまわる影法師。あわれな役者。この世はすべて舞台。男も女も役者に過ぎない」

 「あなたにはさぞかし魔女の役が似合うでしょう」

 「悪事も淫楽なしではつまらなく、淫楽も背教を伴わなければつまらない。わたしってズルイ女」

リューシーの言葉に逐一ほくそ笑むアンディ。

やはり人間たるものこうでなくては。

人間を下等な生き物と見下すアンディにとって、それを実感できる場面は娯楽の一つでもある。

 「それで霊薬の方は?」

けろっと別の話題を切り出すリューシー。

 「慌てないでください。ちゃんと儀式が終わったあとに渡します。ソフィアといいましたか。土着の精霊が人間とツガイを作るとあのようなモノが生まれます。今日はなんという幸運な日でしょう。あの月もわたしを祝福してくれているようだ。これで夫も私の元に帰ってくる……」

 「ご主人はどうなされたのですか?」

 「…昔、外国の軍隊がこの村に攻め込んできました。彼らは人間を食べることが許せないと言ってましたが、詭弁に過ぎません。彼の軍隊が殺した人間は我らが食した数の数十倍、数百倍。比べ物にならなかった」

アンディはたんたんと述べる。

その言葉に人を食べる習慣に対しての罪悪感はまったくなかった。

 「戦いは熾烈なものでした。彼らの中には熟練した魔法師がいたのです。この城にもそのときの戦いの傷跡がたくさん残っています。我が夫は村を守るために狂戦士の秘術ハシーシを使いました」

 「理性と引き換えに強靭な力を得るというアレですか。かつてペルシャの山丘に住む暗殺者の一族が使っていたという…」

 「詳しいのですね。どこで習ったのですか」

 「インドとエジプト。わたしの家は魔法師の家系でした」

 「でした?」

 「今はもうないということです。それで、ご主人はそのときの秘術の後遺症がまだ続いているということですか?」

 「ええ…幾度となく解毒しようと試みたのですが、夫が自身にかけたのは魔術というよりは呪いに近いもの。もはや普通の霊薬では役に立たない。でもこれでようやくすべてが終わる。あなたのおかげですよリューシアナッサ」

 「どういたしまして。ところで儀式とやらが始まるまでの暇つぶしに、彼らに会ってみたいのですが?」

 「構いませんが、よく会わせる顔がありますね」

 「わたし、結構あつかましいんですよ」

 「まったくです」

 「わたしの人生哲学では人間は2種類に分けられます。人生を楽しんでいる人とそうでない人。楽しんでいる人のほとんどは実にあつかましい」

すさんだ哲学を語る。

 「では、さっそくいきましょう」

リューシーはニコリと笑うと椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほら〜〜ワンちゃん。骨よ〜、骨〜。欲しいでしょ〜〜?さあおいで」

ルクス・フランクリンは普段は絶対出さないような猫だね声をあげる。

はっきり言って可愛いというよりは胡散臭い。

 「ほらほら。ロープだぞぉ。楽しいぞぉ。あはは・・・」

アルク・フェルナンデスも顔の筋肉を無理矢理かえて作りものの引きつった笑顔を浮かべる。

どうみても接客業にも向いてない。

 「ほれほれワン公。こっちきな。遊んでやるぞ。こいこい、こいこい」

手招きして誘っているのはヴォルフ・シュナイダーである。

 

 

 

 

 

 「……君たち。努力は認めるが、そんなことをしてもその犬は絶対に言うことを聞かないぞ。おそらく、ここに閉じ込められた囚人はそうやって死ぬまで犬をおびき寄せようとするが、ここの城の連中はそーいうマヌケな姿を見て楽しんでいるんだ」

発言したのは牢屋の奥のベッドで寝そべっているルイス・ベレンナである。

 「うっさいわねぇ!んなことわかってるわよ!」

 「やっぱりだめか…」

 「このバカ犬め!犬鍋にして食っちまうわよ!」

 「その犬は食肉用じゃありませんよ」

そこにアンディが現れた。

 「それにしてもあなた。よくあんな嫌がらせの料理を食べましたね。正直笑いをこらえるので必死でしたよ」

 「なぬ! あれは嫌がらせだったの!?」

驚くルクス。

 「当然でしょう。だから笑ったのです」

 「くっ…!」

ルクスは激しく歯軋りする。

小さい頃から世界中を回り、現地人が出した食事は自分たちにとってどんなゲテモノであれ、彼らにとっては御馳走であり、それを断ることは相手に対して最大の侮辱であると自負してきた結果がこれである。

今までいろいろ食べてきたが、ここまで露骨な嫌がらせを受けたのははじめてだった。

 「てめぇ!人をからかうためだけに犬を食わせやがったのか!」

今度はヴォルフが吼えた。

別の意味で。

ドイツ人にとって、少なくともヴォルフ・シュナイダーにとって犬は神聖な生き物であり、人間と同じくらい崇高な生き物なのである。

 「あの犬は厨房を荒らしたり、悪さばかりして困っていたところなのでちょうどよかったのです」

 「畜生!ここから出しやがれ!」

ガンガンと鉄格子を叩くヴォルフ。

 「ヴォルフさん、お元気でなによりです」

ハロー、とニコニコしながら聞きなれた声で褐色の少女が現れた。

 「……何しに来た?」

 「あなたを笑いに来た。そういえばあなたの気が済むのでしょう?」

 「…用件を言えよ、この裏切りものめ」

 「だから言ったじゃないですか。ヒマだからあなたの顔を見に来たんですよ」

くすくすと笑う。

こうもずっと笑顔だとなんとも憎たらしい。

 「ソフィアさんがどうなったか知りたくはありませんか?」

今、一番知りたいことを言われて、ヴォルフは表情を堅くする。

その反応を読み取って、リューシーはまたも嬉しそうに笑った。

 「彼女は今夜の儀式のメインデッシュです」

 「な・・・!」

リューシーの言葉に凍りつくヴォルフ。

 「なぜ姐さんだけが食われちまうんだ!?」

 「知ってると思いますが、ソフィアさんは実は人間じゃないんです。正体はよくわかりませんが。おそらくどこかの精霊が人間との間に生んだ子供の子孫じゃないかなと思うのですが、心当たりは?」

 「……そんなもんあるわけないだろ」

 「ホントに?」

 「知らない」

 「彼女の目が赤いのも?」

 「……」

 「やっぱり」

 「先祖帰り…って、ティルさんが言ってた。意味はそのままらしい。俺は姉さんの先祖に目の赤いヤツがいたってだけの話だと思ってた」

 「うーん。わたしも北欧の呪術には疎いのでよくわからないけど、その言葉通りならやっぱりソフィアさんは悪魔か精霊の血を引いてるのですね。これで合点がいきました。わたしのヒューバが普通の魔法師にやすやすと倒せるはずがありません。ともあれ、彼女は人間というよりは魔物・幻想種に近い存在です。霊薬の材料には持ってこいだ」

 「材料だと!どういう意味だ!?」

嫌な予感を頭にちらつかせるヴォルフの質問に、リューシーは―――

 「霊薬の材料はね、生きた幻想種の血なのですよ」

と、あっさりと答えた。

 「幻想種は死ねば幻想に戻る。肉も血も残らない。あなたが倒したキメラがそうだったでしょう?しかしここのジンたちはそれを残す技術を持っている。これで霊薬がどれだけ貴重なのかわかるでしょう。材料も製造技術もそう簡単に手に入らない代物なのですよ、霊薬とは。それを手に入れようとするならそれ相応の対価が必要となります。たとえば人の命とかね」

リューシーはまるで普通の貴重な薬品の説明をするように言った。

 「シャイセ!」

ヴォルフは鉄格子の隙間から腕を伸ばす。

しかしリューシーには届かない。

両手で格子を掴み、ぐいぐいと引っ張ったり押したり、ときに叩いたりするが、びくともしない。

その姿はまるで動物園の檻の中の猿のように滑稽だ。

疲れたのでやめる。

 「ふふ」

リューシーが笑顔のまま指をこいこい、させる

顔を近づけろという意味らしい。

何か秘密の話でもあるのだろうか。

大人しく耳を近づける。

そして――――

 

 

 

 

 「………!!!!」

―――唇を吸われた。

あまりに突然の出来事に頭が真っ白になる。

ただ柔らかい肉の感触だけが白い意識に染み広がる。

 「んふっ さっきのお礼。これで貸し借りなし。この世の最後に素敵な思い出ができてよかったですね」

 「…な、なにが!」

混乱してうまい台詞が思いつかない。

 「……君は普通じゃない」

なんて、意味すらもよくわからない悪口を言ってみた。

 「世の中も普通じゃないですよ」

こっちもそんなことを言ってる。

つまり、・・・ちょうどバランスが取れてるってことか?

 「はいはいどいてヴォルフ。次はあたしの番よ」

思考が麻痺したヴォルフを押しのけて、ルクスが指でこいこいする。

 「やだ…ルクスさん。わたし、そんな趣味無いです」

 「誰がじゃ!そうじゃなくてっっ!」

仕方なしにリューシーが顔を近づける。

 「…で、ホントんとこの狙いは何?」

 「はい?」

 「まさか本気であたしを裏切るわけないわよねー。まあこのベレンナとか、SSのソフィアさんはあんたを追い回してたからわかるけど、あたしたちってほらペンフレンド、文通じゃない?」

 「はぁ、それが?」

首を傾けるリューシー。

本気でルクスの言っている意味がわかっていないようだ。

 「それがって…おい!まさか本気であたしまで売ったわけ!?」

 「だからそう言ってるじゃないですか。何を聞いていたんです?」

 「なんで!?どうして!?理解不能!理解不能!」

両手で頭を左右から押さえて叫ぶ。

これではただのキチガイだ。

そしてそれは概ね正しい物の見方だ。

 「あー、わたしも最後に1ついいか?」

ベレンナだった。

「なんでしょう?」

「タバコ、くれないか?」

リューシーがアンディの顔を見る。

 「いいだろ?タバコくらい」

アンディがこくりとうなづくと、横の従者がタバコと火を与えた。

 「ふぅー、ありがとさん」

ベレンナはそれ以上は何も言わない。

何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

ある意味、潔い姿勢ではある。

 「アンディさん。最後のお別れは終わりました。帰りましょう」

 「では、皆さん。お元気で。身体に気をつけてくださいね」

自分たちを食べようとするくせに元気も何もない話ではあるが、アンディたちはそのまま踵を返して牢の前から立ち去ってしまった。

その後も姿が見えなくなるまで何度も抗議しながら鉄格子を叩くが、まったく効果がない。

ルクスは諦めてとっくに手を離した。が、

 「おい!待ってくれ!ここから出せ!出してくれ!おいっ!」

ヴォルフは相変わらず繰り返す。

いいかげん、無駄な労力にルクスが怒った。

「うるっさいわね!そんなにガンガン叩いたってしょうがないでしょ!」

 「なんだと!姐さんが、大尉が殺されるってのに黙ってろっていうのか!」

 「んなことはいってないでしょ!うるさいから無駄なことはするなっていってんのよ!」

 「じゃあ他に考えがあるってのか!ええ!あるってのかよ!あるなら教えてくれよ!」

 「落ち着けヴォルフ!」

アルクがヴォルフの両肩を押さえてなだめる。

 「お前が今やることは落ち着くことだ。まずは頭を冷やせ」

 「やかましい!お前に何がわかる!このヤンキーが!」

 「なんだと!」

 「前々から言いたかった!なんでお前らがリビアにいるんだ!ここは戦場だぞ!遊びで来るんじゃねぇ!」

 「わたしたちは先生を探しに来たんだ!遊びに来たんじゃない!」

 「同じことだ!俺は毎日命賭けで戦ってたんだぞ!そこへお前らアメリカ人が観光まがいで来やがって!だいたいアルク!お前はの目的は”先生”じゃねぇだろが!」

 「ぐっ・・・」

 「普段デートも誘えない根性なしが、外国の旅行先ならってか?はっ、それでどうなった?何が変わった?はっ! どうなんだよおい!」

 「…それ以上言ったら殺すぞ」

 「やる気か!いいぜ、かかってこい!」

とうとう取っ組み合いをはじめる。

 「やめなさい2人とも!」

間にルクスが入って2人を引き離す。

 「ヴォルフ、今のはあんたが悪いわ。謝りなさい」

 「なんだと!?俺が? なんでだよ」

 「いいから謝りなさい」

 「やだ!謝る理由がわからん!」

 「わかんないですって?ったく。癇癪起こしてる男は最低ね。ちょっとは落ち着けって言ってるのよ」

 「俺は冷静だ!」

 「どこがよ!」

今度はルクスと口喧嘩をはじめた。

ルクスは瞬きもせずにヴォルフの目を睨みつける。

恐れもなくずっとたたきつけられる視線にヴォルフが先に根を上げた。

 「わーったよ。大人しくしてりゃいいんだろ大人しくよ」

 「よーし!わかったらそれでいいわ」

ヴォルフはいじけて隅っこに行く。

壁に手をつき、深呼吸する。

しばらくするとだんだん頭が冷えてきた。

たしかにここで仲間割れしても始まらない。

こうしている間にも「お姉ちゃん」が殺されてしまうかもしれない。

 「シャイセ…」

小さく拳を握り締める。

無力な自分、あのときと何も変わらない無力な自分と非情な現実に腹が煮え繰り返る。

ヴォルフは握り締めた拳を―――

 「シャイセ!」

壁に叩きつけ、

 「ん?」

その手ごたえに違和感を覚える。

煉瓦で作られた壁をじっくりと見始めた。

 「ようやく静かになったわね。って、あんた何してるの?」

 「今度は壁が相手か?つくづく騒がしい男だ」

ヴォルフは何かを思いついたように、鉄格子の傍までより、助走距離を稼いで―――

 「ヴォルフ・キックっっ!!」

壁をヤクザキックで蹴り始めた。

反作用で衝撃が全身にはしり、蹴った足が痺れる。

 「痛ぅ〜〜〜!!蹴り方がまずかったか…」

 「……アルク。あんたどこ殴ったの?」

 「いや、殴る前に君が止めただろ。あれはたぶんその前の乱闘のせいだと思う・・・。アーメン」

 「そこっ!何がアーメンじゃ!」

勝手なことを言っているギャラリーにクレームをつける

 「……ヴォルフ君。いきなり何を始めたんだ」

たばこをふかして一人リラックスしていたベレンナがようやく口を開いた。

 「ここの部分だけ脆い。もしかしたら穴が開けられるかも」

 「何?」

アルクが近寄り、ヴォルフが指差したところを指触する。

 「どうだ?いけそうだろ」

 「たしかに…蹴りだけで形が変わりはじめてる。ようし・・・」

アルクもまた壁を蹴り始めた。

2人の十数回による蹴りの連続で煉瓦が崩れて向こう側が見える。

 「思った通りだぜ。中身スカスカだ」

 「手抜き工事か」

一箇所が脆ければ、そこから穴は広がっていく。

さらに何度も蹴り飛ばして、なんとか頭からもぐれば大人でも通れるくらいの大きさになった。

 「なんだこれ? ちゃんとした道があるぞ」

ヴォルフの言葉通り、穴の先はきちんとした積み石で作られた通路があった。

 「通路は一方通行、ちょうどここが一番端になっているみたいだ。なんのために作られたんだこの通路は?」

 「たぶん、この壁の向こうは通路になってるのよ。ほら、この壁は他の部分に比べて新しいわ」

 「つまり、この通路の奥には見られたくないものがあるってことか」

 「そうね。見られたくないとなれば、見たくなるけど」

 「で、結局どうするんだ?」

2人の意見は根本的な問題を解決していなかった。

アルクがそれを告げると、

 「行くしかないだろ。誰か火持ってないか?」

ヴォルフの質問にアルクとルクスは首をふる。

当然だ。

火器はもちろん、ナイフや所持品など、ことごとくを没収されてしまったのだから。

 「…なんだね?」

3人の注目がベレンナに集まる。

正確にはベレンナの吸っているタバコに。

 「…おいおい。わたしの一張羅を燃やす気か?」

 「これが一番燃えやすそうだからな」

半ば無理矢理剥ぎ取ったベレンナの白いスーツを破き、割れた煉瓦に巻きつけて即席の松明を作る。

 「・・・風が吹いてるな。どこか出口につながっているってことか。さあ行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 「さて、どこに出るんやら・・・」

ヴォルフたちが進む道は明らかに通路として使われたことを示していた。

火を灯すランプがあったので、松明の火を移し替える。

これで明かりを持つのが楽になった。

しかし奇妙なことに、明らかにこの道は下り坂になっていた。

 「…だんだん地下に降りてるみたいだな」

 「だけど風が吹いてるってことは、どこかで外と通じてるってことよ。ここを作った連中も、空気孔といざというときの脱出路だって必要なはずだし」

 「・・・人間ならそうするな」

なにせ相手は人間ではない。

精霊だか鬼だかわからんような邪悪な魔物の意のままに操られる生きる屍なのだ。

 「ねぇ」

 「何だ?」

 「あんた。さっき、リューシーを斬らなかったでしょう。なんで?」

 「なんでって・・・」

 「だって、アンディっていうジンの親分には斬りかかったじゃない」

 「結局失敗した」

 「途中でやめたってのが問題なのよ。あいつはあたしたちを裏切ったのよ。殺されて当然よ」

 「たしかにそうだ」

 「じゃあなんでよ」

 「・・・怖気づいちまったのかな。いざ女を斬るってなると」

 「根性なし」

 「じゃあお前なら殺せたのかよ?その手で人を殺すんだぞ」

 「当ったり前でしょ。むしろ代わって欲しいくらいよ」

 「……」

裏切り者は生かしてはおけない。

当たり前と言えば当たり前だが、この女の「殺せる」という言葉を常識のように言う感覚に寂しさを覚える。

そんなことを考えていたら、

 「・・・惚れたな」

なんてことを言い出した。

 「ば、ばか!誰がだ!」

 「ほぉら。そうやって必死で否定しようとする」

 「違う!」

 「前に砂漠で行き倒れてたところを介抱されたって言ってたわねー。患者が看護婦に惚れるってあのパターンかー。ちょーっとやさしくされただけで女を好きになれるなんてホーント単純な男」

 「勝手に話を進めるな」

 「だいたいあの娘のどこがいいの?いつも笑ってるけど言ってること電波だし、顔は可愛いけど、肌も腹の中も黒いのよ」

 「・・・腹の黒さならお前も負けてないだろ」

 「ほっほっほ。何を言っているのかしらね?あたしほど純粋な乙女はいなくてよ」

 「・・・それはひょっとしてジョークで言っているのか?」

 「うーん、わからないわね。もしかして惚れ薬でも飲まされたのかしら」

 「惚れ薬…?そんなもん、あるわけねぇだろ」

 「わからないわよー。ほら。あの娘は魔術だか魔法だかわけのわからない力持ってるでしょ?それならあんたの盲目的に一途な行動もわかるってもんだわ」

 「俺がいつそんなことをした」

 「やってるでしょ。いーっぱい。SSに喧嘩売って、キメラと戦って、あげくにハメられたのに殺せなかった。どーみてもあんたがあの娘を・・・」

そこまで言って、言葉を濁らす。

 「その、愛してる?」

 「・・・なぜお前が照れる?」

 「うっさいわね!愛だの恋だの、そーいうの口にすると恥ずかしいのよ、あたしは!」

そのとき、ごほん、と後ろから咳払いがした。

 「ちょっといいか?」

 「何?」

 「…思ったんだが、あの壁が通路を塞いでるとしたら、こっちに出口はないだろ。だってあったら、塞いだ意味がない」

  「・・・あ」

アルクの言葉で先頭の足が止まる。

たしかにそれも一理ある。

あの壁がこの先へ行かせないために作られたとすれば、この先に出口があるわけがないのだ。

しかし、

 「・・・ん?あれは・・・」

アルクが目を凝らすと、そこからは明らかに火ではない明かりが点いていた。

月の明かりが入ってきてるのが見えたのだ。

 「やったわ!きっと出口よ!」

一瞬前までのしょんぼりはどこへ行ったのか。

世の中、なんとかなるときはなんとかなるものなのである。

ルクスは駆け足で光のある方向へ進む。

―――だが、

 「ひぃぃいいいいいいいッッッっ!」

 「――――なんだ!?」

一番乗りしたルクスがが悲鳴を上げていた。

 「なんだ!どうした?敵か?」

 「あ、あ、あ、あれ!あれを見て!」

 「ん?・・・げ!」

 

 

 

 

 

――不気味に立ち尽くす白い影。

それは白骨化した屍だった。

骨や服の様子から死後何十年も経っているように見える。

 「返事がない。ただの屍のようだ」

 「はぁ〜〜びっくりしたわー。まさかこんなところにこんなものがあるなんてね」

 「こいつは…誰かに殺されたみたいだな」

 「どうしてわかる?」

 「胸を見ろ。剣がささっている」

全長で1メートルくらいありそうなサーベルだった。

見たところところどころさび付いていて切れ味は期待できそうもない。

柄に何か文字が彫ってあるが、残念ながら読むことは出来ない。

 「ちょうどいいわ。これ使わせてもらいましょう」

 「お、おい!お前何考えてるんだ!?」

 「何って、この際だから仕方ないでしょう。それとも素手であいつらとやりあうつもり?」

 「そーいうことじゃなくてだな…」

 「あたしは考古学者の娘よ。白骨死体相手にびくついてちゃこの商売はできないわ」

さすがは墓荒らしのプロ。

言うことが違う。

まったくモラルとか道徳といったものが感じられない。

彼らにとっては、少なくともルクスにとって死体とは研究対象、古い建物や絵画、文献と同じ「歴史的遺産」に過ぎないのだろうか。

 「うーん、うーん!抜けないわ。背後の岩に突き刺さってるみたいね。…ひっ!」

ルクスはとっさに剣から手を離した。

急に後ろに下がったためヴォルフにぶつかる。

 「あら、ごめんなさい」

ヴォルフが下敷きになったおかげでルクスはノーダメージだった。

 「痛ぇな。今度はどうした?」

 「手…手が…」

 「手がどうしたって・・・・――――ッッ!」

ヴォルフの顔が青ざめる。

なぜなら―――骸骨の手が一人でに動いていたからだ――

ついでにヴォルフさえも気づかない速さでその後ろにルクスが回り込んで彼を盾にしていた。

 「――――俺の眠りを妨げるものは誰だ―――」

声帯もないはずの骸骨がしゃべりだした。

 「怯えることは無い。別に危害は加えねぇよ。むぅ、記憶がはっきりしないな。あまりに長く眠っていたらしい」

 「な、長くって…どれくらい?」

 「さぁ…そもそもこのような地下牢に封じられては昼か夜かもわからねぇ…」

 「月が出てるぜ?」

ちらりと視線で示す。

ここはまるで何かの発掘の後を、工事で塞いだような地下室だった。

上にはドッジボールくらいの大きさの孔がいくつか開いて光を注してくれるが、そこまで上るものは難しい。

道具もなしに7m近い高さまでジャンプなど普通はできないのだから。

 「おお!? では今は夜なのか。そうか。ほれ。俺の言ったとおり夜じゃねぇか?」

 「・・・」

かみ合ってない会話にヴォルフが額を押さえた。

ついでの他のメンバーを集合させる。

 「どう思う?」

 「どうって…わかんないわよ。しゃべる死体なんてはじめてだし」

 「落ち着くんだ。相手が誰だろうと関係ない。わたしたちが知りたいことはここからの脱出ルートだ。ここにいるなら他に出口を知っているかもしれない」

 「その通りだ。ヴォルフくん。なんとか聞き出すんだ」

 「え?俺?」

 「リーダーだろ。しっかりしたまえ」

ベレンナの一言で3人が一斉にヴォルフに視線を浴びせる。

 「ちょっと待て。いつから俺がリーダーになったんだ?」

 「専門家だろ」

 「いつ!?」

 「キメラを倒したんだ。胸を張っていい」

 「倒したのは俺じゃなくて、戦車の砲弾なんだけど……」

 「いいから行って来なさいよ!」

 「押すなっ」

引っ込む三人がそろって親指を立てて拳闘を祈っている。

 「…ったく、なんで俺なんだよ。化け物に詳しいってわけじゃねえってのに…。よぉ、あんた」

 「なんだ?」

「うっ……」

やはりしゃべる骸骨というのは果てしなく不気味だ。

こんな光景を見ても気絶しないのは”こっち側”の世界の住人になってきたからだろうか。

 「あんた、何者?」

 「人に名を聞くときは、まず自分から名乗るじゃねぇのか?」

 「いや、人かどうか聞きたいんだけど…」

 「見てわかんねぇのか?」

 「…いや、わからんから聞いてるんだよ」

しゃべる骸骨を人と見れる方がどうかしている。

 「おっと、これはたしかにそうだな」

骸骨が自分の手を見て事の異常さにようやく気づいたようだ。

 「今の俺は骸骨になっているようだ」

 「見ればわかるよ…で、あんたなんだ?幽霊?」

 「そうじゃない。俺は元は人間だ。魔法師なんだ」

 「魔法師?」

 「知らないのか?。まあ無理もない。ようするに魔法使いのことだ。かぼちゃを馬車に変えたり、ねずみを人間にするあれだ」

 「…悪いが、俺はグリム童話なんてもう信じてないんだよ」

 「その認識は改めたほうがいいな。目の前にいるのはその童話の世界の住人だ」

 「……」

 「おっと誤解するなよ。童話から飛び出したという意味じゃない」

 「ああ、それで、その魔法使いのじいさんがなんだって?」

 「俺の剣を抜いただろう?そう。それだ」

骸骨はルクスを指差す。

 「こ、これ?」

 「それは俺が自分に化した封印だ。あの女が俺を妖奴グールにできないようにな」

 「あの女って、ここのジンたちの親玉のことか?アンドロマケーっていう」

 「そうだ。俺はヤツの夫に呪いをかけた。ヤツの夫が自分にかけた魔術が解けないようにする呪いをな。それを解く方法を知るのは俺だけだ。魔法を使えない君にはわからんだろうが、呪いというのはやっかいなもので、かけ方も解き方も千差万別。高等になればなるほど、かけた本人にしか解けないものなのだ」

 「それでアンディはあんたを妖奴グールにしようとした。ここで働かされてる人間みたいに」

 「そうだ。そうすれば、呪いの解せることができる。だが、わたしは断った。ジンの奴隷になって魂を奪われるくらいなら――」

 「死んだ方がマシってか?なかなか根性が座ってる」

 「…誰もそんなこと言ってない」

 「なぬ?」

 「だって死ぬのは怖いじゃないか」

 「そりゃそうだけど…今の話からすれば…」

 「人の話を最後まで聞け。それに死ぬことは逃げにならない。なぜなら妖奴グールというのは死体を操る術だからだ。そこで、俺は自身に木乃伊の術マミーをかけたのだ。これは強制的に仮死状態を作る術でな。本来は不治の病にかかった権力者が後に治療法が発見されたときに復活し、治療を受けられるようにするため作られた術だ」

 「SF小説にそんなのがあったわね」

安心したのか、近くによって来たルクスが話に割り込んできた。

 「ところが呪いというのはかけた本人にしかわからないことが多い。異国の魔術などはもっての他だ。もし何も考えずにこの剣を抜いたらわたしが死ぬという可能性もある。妖奴グールにも適性素材というのがあって、魔術がかけられた遺体は妖奴グールにしにくい。だからあのジンの女は手出ししなかったのだろう」

 「誰かさんは何も考えてなかったけどな」

 「うっさいわよ」

ルクスがつぶやく。

 「実際は時間がなくて俺は自分に魔術をかけるだけで精一杯だった」

 「ちょっといいか。あんた魔法師だって言ってただろ。だけどさっきから魔法と魔術をごっちゃに説明してる。この二つは違うものなのか?」

 「ちょっと違うな。魔法というのは幻想種の力を借りて行う術。対して魔術というものはあらゆるものの霊脈の流れを変える術だ」

 「・・・よくわかんねぇ」

 「使える人間にはわかる。使えない人間にはわからん話だ。だが、どちらもなんでもありというわけではない。一定のルールと限度がある」

 「アンドロマケーというジンが見えない刃を飛ばしてきたんだが、あれも魔法か?」

 「そうだ。ただし、ジンのような幻想種は人間と違って、他の幻想種から力を借りる必要はないがな」

 「やっぱり魔法か・・・」

 「ねー、あんたが自分にかけた魔術ってのはどれくらいで解けるの?一生そのままってことはないでしょう?」

 「もちろんだ。剣を抜けば時間とともに元に戻る」

 「どれくらい?」

 「おおよそ一週間いったところだ」

「ふぅん。そうだ。あんた、名前は?」

 「名前?」

 「そうよ。名前。人間だったってんなら名前があるでしょう。何か呼び方がないと不便だし」

 「名前・・・名前…」

 「…」

 「……」

 「ひょっとして覚えてない?」

 「まあな」

 「威張るなよ」

 「少し記憶に混乱が見られる。ちょっと待ってくれ」

言われたとおり、少し待つ。

暗闇に目が慣れてきた。

わずかな月明かりでも部屋が見渡せる。

部屋の隅に革のバッグがあることに気がついた。

かなり古い。

この骸骨の持ち物だろうか。

ふたを開けて調べてみる。

 「おい。これは・・・」

ヴォルフは中にあった布を広げた。

布には白と赤の横線が交互にならび、左上には青地に15個の星が書かれている。

 「なんでこんな砂漠に星条旗があるの?」

 「それは俺の持ち物だ。ネコババするなよ。何が入ってるか覚えてないけどな」

 「しないわよドロボウなんて」

 (…さっき刺さってた剣をネコババしようとしてたくせに)

 「何か言った?」

 「別に」

 「ちょっとデザインが違うけど、これって星条旗よね。あんたもしかしてアメリカ人?」

 「アメリカ…なんだそれは?」

 「なんだって言われても、そういう国。国の名前よ。そんなことまで忘れちゃったの? これはその国旗。あら、年号が入ってる」

ルクスは右下を指差した。

本当に小さく、しかも白地の部分に白糸で「1804 made in usa」と書かれている。

まるでお土産屋で売っているレプリカのようだ。

 「1804年? 150年前の代物か。皇帝と、長く言われよ(1804)ナポレオン」

 「ナポレオンは関係ないだろ。星条旗だし」

 「そうよね」

 「他に何か思い当たる節は?」

 「ないわね。これだけじゃなんとも…もっと他に手がかりはないの?」

 「しばし待て。箱の中のものを全部出してみよう」

ヴォルフが箱の中の小物を丁寧に並べ始まる。

 「…おいお前。もしかして海兵隊か」

 「カイヘイタイ・・・?」

 「そうだ。1804年は合衆国海兵隊がはじめて国外で戦った年だ。

モンテツマの宮殿、トリポリの岸辺まで、我が祖国のためにいざ闘わん。海に空に陸に真っ先に闘う誇り高きその名はアメリカ海兵隊。

軍歌にもなってる有名な話だ」

有名といわれても、米軍の軍歌などアメリカ人の海兵隊しか知らない。

ヴォルフがルクスの顔を見る。

表情からすると、やはり知らなかったみたいだ。

ルクスが知らないくらいである。外国人のヴォルフが知る由もない。

 「その海兵隊が戦ったのはこのリビアというわけだ」

 「へー。で、勝ったの?」

 「…いや。負けた。人質を取られて身代金と交換した」

 「ダメじゃん…」

ルクスが知らないはずである。

どこの国だって、自国が返り討ちにあった情けないエピソードは教えない。

それがただの小競り合い程度ならなおさらだ。

 「俺の名前・・・」

骸骨が顎に手をやり考え込み始めた。

 「うむ。思い出した。俺の名前はビリー・ボーンズだ」

 「ホントに?」

 「もちろんだ。はっきり覚えている」

胸を張る自称ビリー。

 「認識票にはジョン・シルバーとあるぞ」

ヴォルフが革バッグの中にあった認識票の名前を読む。

 「ではそっちが正しいんだろうな。何せ生前のことなのではっきり覚えていないんだよ」

 「……どっちなのよ」

ルクスが呆れた声を上げる。

ため息をついて下を向くと、シルバーの右足が義足だということに気づいた。

 「あんた、片足なのね」

 「うむ。よく覚えていないが片足のようだな」

 「片足で海兵隊員によくなれたな」

 「たぶんコックじゃないのか?昔の帆船では、戦闘で片足を失った兵士がコックをやっていた。片足でもできる数少ない仕事だからな」

アルクがフォローした。

 「いや、俺は料理などできんぞ」

 「……」

 「だんだん思い出してきた。俺はバルバリー海賊を倒すために派遣された海兵隊の船に乗っていた」

 「!」

 

 

 

――――バルバリー海賊

ギリシャ語の異邦人を意味するバルバロイが変化したバルバリアが語源の北アフリカを根拠地とするイスラム教徒の海賊の総称。

1801〜1805年、地中海の航行権をめぐり、合衆国はリビアを根拠地とするバルバリー海賊を倒すため海兵隊を向かわせ……返り討ちにあった。

 

 

 

 「・・・というのがわたしが知っていることだが、しかしなぜこんなところに?ここはジンの村で海賊の基地ではないだろう?」

 「決まっている」

シルバーは胸を張って

 「正義のためだ」

と言い切った。

   「・・・」

その答えに一行が固まった。

 「この村はジンの村。人食い鬼の巣窟だ。付近の住人はすっかり怯えていた。だから俺たちはそれを退治しようと立ち上がったんだよ。なんだその目は・・・」

 「まあそれは置いといてだ」

ヴォルフはあえてコメントしないことにした。

 「だいたい事情は読めた。ここまでの通路の道に壁があった理由がわかったな。あの壁はこの剣を誰にも抜けないようにするために作ったんだ。何かの間違いで抜いて呪いの解き方がわからなくなったら何もかもぶち壊しだからな」

 「てことはここから出口はないってこと?」

 「…そうなるな」

結論が出てしまった。

 「お前ら。ここから出たいのか?」

 「そうだよ。シャイセ。早くしないと姐さんが・・・」

 「落ち着け。もう少し経てば俺がここから出してやろう」

 「ホントに?」

 「ああ。剣を抜いてくれた礼だ。まだ体の調子がよくない」

骸骨が体の調子を心配するというのはおかしな話である。

 「本調子になれば、俺があの孔から出してやる」

骸骨が天を指差す。

 「だからそれまで何があったか話してくれ」

 「実は…」

 

 

 

 

 

 

―――アンディの部屋

自分の部屋に戻ったアンディとリューシー。

アンディは何やら魔術的な文字が彫ってある槍を持っていた。

 「その槍は・・・?」

 「これこそは聖槍ロンギヌス。霊薬エリクサーとはこの槍で脇腹を突かれた者の血のことなのですよ」

 「―――!」

TO BE CONTINUED…


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