
疾風怒濤!!
strum und drang!!

――――― 2日後 ヘラクレアから南へ1マイル
ソフィア・パンタブルグSS大尉率いるドイチェス・アーネンエルベ中隊は2ダースから成る選抜隊を編成してヘラクレアを出発した。
先行するメンバーはソフィア、リューシー、ヴォルフ、ルクス、アルク、本隊のテントなどを事前に設営するために雇われた地元の人足たち、そして自称スペインの学者のドン・ルイス・ベレンナである。
彼らが目指すは古代リビアの遺跡「シレナ」。
その原型となった都市はかつて「アレキサンドリア」と呼ばれ、帝政ローマ時代には地中海沿岸とアカクス山脈以南を結ぶ交易所として栄えた。
そして勇者ゲオルギウスが邪悪な竜を封印した神秘の槍、ロンギヌスの槍が納められている場所。
…と言われている。

「あはー、いい日。旅立ち。冒険に出るには絶好の晴れ日ですねー」
先頭を行くリューシーは爽やかな微笑を浮かべながら相変わらずの軽い口調で言った。
先日までと違い、今のリューシーはさながら図書館の司書のような格好である。
「晴れすぎて干からびそうよ…あー暑ぃ…」
対照的にルクスはベルベル族のローブに革のハットを被っていた。
彼女曰く、この帽子は父親ゆずりのお気に入りだそうである。
見るからに暑苦しい格好だったが、この日差しの下で素肌を露出させてしまえば火傷してしまう。
不幸中の幸いは湿度が低いため、汗でベトベトしないことくらいだ。

「大丈夫。暑いのは昼間だけ。夜になれば涼しくなります」
「いや、それは涼しいじゃなくて寒いから…」
ラクダの群れは蟻のように一列になって砂の海を進んでいく。
ソフィアは選抜隊としてリューシーたちを選んだ。
ルイス・ベレンナは自分も選抜隊についていくと言い出し、誰も反対する理由がなかったのでそのまま加わることになった。
キャラバンの編成は前にソフィアら、その後を地元の雇い人、最後尾にベレンナとなっている。
どうやら彼はルクスと話すのが嫌そうな様子だ。
視線を合わせることさえも露骨に避けている。

「なんかガラの悪そうな連中だな」
後ろの人足を見たヴォルフが感想を述べた。
言語がわからないので内容まではわからないが、悪態を付きながら唾を吐き、刃物を見せながら下品にゲラゲラと笑っている。
どう見ても善良な一般市民には見えない。
ヴォルフはかつてフランスで、昼は善良だった市民が夜になったら銃で武装して襲いかかってきたことをとっさに思い出した。
一般市民というものに対して根拠の無い拒否感というようなものを覚えるのだ。
とりわけ目の前の地元民たちは何かあれば野盗になりかねない。
何せここは砂漠のど真ん中。
法律など存在しないからだ。
「仕事が欲しいだけの善良な一般市民ですよ」
しかしヴォルフの感想とは裏腹にリューシーはあっさりと言い放った。
「ドイツ軍やイギリス軍が落としていく外貨は彼らにとって貴重な収入です。こーいう仕事で家族を食わせてる。まじめな人たちですよ」
「ふーん」
リューシーには悪いが、やはりどう見ても堅気には見えない。
「それに未発掘の遺跡の調査というのも魅力的です。”未発掘”というのはつまり、今まで盗掘にあってないということですから」
「じゃああいつらは宝探しにでも行くつもりなのか?」
「え?違うんですか?」
「…俺は宝なんてどうでもいい。目的は一つ。ロンギヌスの槍の魔力でキメラの毒の解毒すること。それだけだ。命がかかってんだぞ」
ヴォルフは至極単純明快にに自分の気持ちを話した。
「あー、そーいえばそんなこともありましたっけ」
「…おい。忘れてたのかよ」
衝撃の事実である。
「なーんちゃって。冗談ですよ。冗談」
「悪い冗談だぜ…遺跡の場所は君しか知らないんだ。頼むぜマジで」
ホントにこの娘に任せて大丈夫だろうか?
にわかにそんな不安が押し寄せる。
「…なぜ君は急に案内すると言い出したんだ?君はナチスに追われてたんじゃないか。もしかして逃げるために適当なことを―――」
「決まってるじゃないですか。あなたのためですよ」
「……俺は真剣に聞いてるんだがな…」
「あら。わたしだって真剣ですよ」
まるっきり邪気のない笑顔。
しかしそれがかえって裏がありそうな気配を感じさせる。
「ヴォルフさんはわたしを助けてくれた。だからわたしもあなたを助ける。これでお相子ですよ。それに協力する以外に道はないでしょう?」
「ま、そりゃそうだ。協力するって言わなきゃ今頃はまだあの部屋ん中で拘束されたままだ」
「じゃあ、あなたはなんでわたしを助けてくれたんですか?」
「それは…」
ただの人助けだ。
そう言おうとしたときリューシーがぐっ、と顔を近づけてきた。
そっとささやく。
「気絶したわたしを守ってくれたときのヴォルフさん。かっこよかったですよ」
突然お互い息が触れる距離まで女の顔が接近してきてヴォルフは思わずびくりとする。
「…き、気絶してたんならわからないだろ!」
「あら。ばれちゃった。ふふふ」
思わずうろたえたヴォルフをあざ笑っているのか、それとも天然か、いたずらっぽく「べー」と舌を見せて笑うリューシー。
「イライライライラ……っ それにしてもあのヤな感じの男だったわね! 何様のつもりなの!あー、思い出すだけでムカムカしてくるわ」
ほのぼのしてる二人のすぐ後ろ、ルクス・フランクリンは「ぷー」と頬を膨らませてブチ切れていた。
これが漫画ならば頭の上に湯気が描かれているような形相だ。
「まー、たしかにムカつくヤツだったな。あの青シャツの…」
「そっちじゃないわよ」
ヴォルフのコメントに突っ込みを入れるルクス。
話は数時間前に遡る。
・・・ 数時間前
「大尉。その娘が例の娘か?」
透き通るような声でナチスの将校が質問した。

その将校、アドルフ・ベンゼン中佐は背の高く、細身ながらもがっしりした体格の男で表情にすら無駄のないような男だった。
どこかもの悲しげな蒼い瞳と締まった口元は、世界を解釈している哲学者を思わせる。
着ている制服はカラカラに乾いており生地にはヒビが入っていた。
それは彼がこの地で少なくない時間を過ごした証拠でもある。
鷹のような鋭い視線は向こうで出発の合図を待っている褐色の少女を見つめている。
砂漠に吹く風に感情を蒸発させられたのか、実に事務的な言い方で淡々と報告を受けていた。
「そうです。報告書に書いたように、クラーク・フランクリン博士の居場所は未だに不明ですが、ナオミ・フェルナンデスの協力を取り付けました。先行隊はいつでも出発できます」
ソフィアは直立不動で答えた。
実際には、ソフィアにはこれから行く場所の正確な場所すらわからないのが実際のところだが、それを言ったところで意味がない。
ソフィアは自信満々にリューシーから言われたことをそのまま報告した。
彼女の自信に溢れた説明に満足したのかベンゼンは「わかった」とだけ答えた。
遺跡を発見次第、無線で連絡を入れて機械化歩兵部隊で編成された本隊の到着を待つという取り決めになっていた。
最初から機械化歩兵部隊が行けば手っ取り早いのだが、補給やら整備やらの理由でその案は却下された。
酷い扱いといえばそれまでだが、それも致し方ない面もある。
「ナチスドイツ・ヒトラー第三帝国」という名前は勇ましいが、実際は他慢性的な物資の不足でかなり無理をして戦っているのである。
「本当にその目的地とやらは信用できるんだろうな? ええ?」
代わりに質問したのは焼けた肌に青いシャツの男だった。

漁師のような肌は見ていて気持ちいいくらいの小麦色に焼けている。
男は何がおかしいのかニヤニヤとした顔はまるで獲物を前にするケモノが舌なめずりしているような下品さをかもし出していた。
目は落ち着かずあちこち動き、ソフィアの体のあちこちを舐めるような厭らしい視線が漂う。
「はい。『槍の欠片』は正常に動いていますし、ベレンナ教授の説とも矛盾しません」
ソフィアは直立不動で答えた。
「だから心配なんだ。ベレンナは当てにならん」
男はふん、と鼻を鳴らして馬鹿にしたように嘲笑する。
実に人を見下し慣れた顔だ。
「当てにならないとは酷い言い方だなシーザー。俺は今までいくつかシレナの存在を裏付ける遺物も発見している」
抗議の声を上げたのはルイス・ベレンナだった。
自称スペインの貴族であるこの男は自分の研究成果を否定する発言が勘に触ったようである。
「それがどうした? 肝心のシレナの発見に関してお前が何の役に立った?」
「ドイツ軍がフランスを占領したときに押収したアレキサンドリアの資料。あれを解読してシレナの存在を表面化したのは誰だ?その膨大な資料は俺のここに入っている」
ベレンナは自分のこめこみを指で示す。
「もちろん槍についての知識もな。俺は必要不可欠な人材だ」
「お前などいなくてもクラーク博士はシレナを発掘した。必要不可欠だと?思い上がるな」
「ぐっ……」
ベレンナは歯軋りしながらも反論できないでいた。
別ルートから遺跡を発見したクラーク・フランクリン教授の功績はまったくもって大したものだ。
実際、ベレンナの持っている情報のソースはフランスがナポレオンの頃から積み重ねた未公開の研究成果なのだが、だとすればクラーク博士はどこから遺跡の情報を得たのであろうか?
いずれにしろ彼自身も“副業”とは言え、シレナの遺跡には並ならぬ関心を持っているのは事実だった。
ここで下手に抗議して発掘メンバーから外されては敵わない。
目の前の男、シーザー・フェルナンデスは気に入らない相手を大事な仕事に参加させるような寛大な男ではないからだ。
彼の機嫌を損ねてはせっかくのチャンスを棒に振ることになる。
ベレンナは喉の奥から溢れそうになる感情を帽子を深く被ることで押さえつけた。
「ふん。極潰しが。高い給金を払ってやってるのに大口ばかりで何の役にもたたん」
再びシーザーはソフィアに視線を移す。
「あー。で、大尉殿。一つ言いたいことがある。我がフェルナンデス家は欧州の歴史に深く関わってきた。つまり名門だ」
「…それで?」
「だから俺の前であの女を“フェルナンデス”の名前で呼ぶな。わかったな」
シーザーは「ぺっ」、と唾を吐き、露骨なまでにリューシーに対する嫌悪感を露にした。
その嫌悪感は彼女の肌の色ではなく彼女の存在自体に対する感情のように見える。
ギンっとリューシーを睨み、またもや唾を吐いた。
慇懃無礼な態度にもソフィアは動じずに表情を変えないで凛と答える。
「わかりました。では本人が名乗っているようにリューシアナッサと呼ぶことにします」
「名前などどうでもいい。勝手にしろ。それとヤツと一緒にいる怪しげな連中は何者だ?」
「彼らはクラーク博士の助手でした。その一人はビショップ・フェルナンデスの息子です」
ビショップと聞いてカエサルの眉がピクリと反応した。
「ビショップの? なぜビショップの息子がこんなところにいる?」
「彼の連れがクラーク博士の娘です。二人は博士を探しに来たと言ってます。連れて行けば何かの役に立ちます」
カエサルは顎に手をやりながら物珍しそうな目つきで「役に立つ」連中を眺めた。
カーキ色のシャツを着た金髪の青年がラクダから振り落とされて地面に落下していた。
それを見て笑う金髪の少女。
しかし彼女もまた振り落とされて青年の上に落ちる。
クッション代わりにされた青年が怒鳴り、上に乗った少女と口論になっていた。
そこへ茶色の髪をした青年の乗ったラクダが突撃してきた。
どうやら自分の乗ったラクダが制御できないらしい。
青い表情で必死に逃げる二人の男女。
その様子をくすくすと笑って見つめる褐色の少女。
見たところ、この連中はヘラクレア産のラクダの気性の荒さに慣れていないようだ。
もともとが砂漠の民ではないから仕方ない部分もあるが、実際問題これで長旅ができるのかとソフィアはため息をついた。
「ふはははは!大尉。君はまるでボーイスカウトのお姉さんだな!あーいう馬鹿な連中の引率は女の君には実に似合いの仕事だ!、は。せいぜい迷子にならないように見張っておけよ」
カエサルはその様子を見てとても楽しそうに笑った。
馬鹿にされているのはわかっているが、内心「言いえて妙だ」、とソフィアも思っていた。
「ちょっとそこっ!さっきから人をバカにしてんじゃないわよ!こっちは必死なんだからね!ごほごほっ」
女の声だった。
砂でむせながらパッパと頭にかかった砂を払う。
「ん? 気に障ったかなお嬢さん」
「ええ。とっても」
ルクスは大して大きくもない胸を張って高らかに答えた。
シーザーは黙って胸を見つめる。
続いて首から顔に視線を移しながら鼻で笑う。
「何よ。ジロジロ見て」
「女としちゃまだまだだな」
「あんたそれどういう意味よ!」
怒鳴るルクス。
シーザーは不敵に笑うと突然ルクスの乳房を鷲掴みした。
「――――――ッッ!!」
ぎゅっと握りつぶすとまたも鼻で笑う。
「な、なにすんのよっ!」
「やっぱりまだガキだな。もっと女を磨きな嬢ちゃん。もうちょっと見られるようになったら遊んでやってもいいぜ。まあお前みたいなガキには当分無理だろうがな。あっはっはっは!」
下品に笑うシーザーの声を聞いたとき、ルクスの中で何かがぶちっと音を立てて切れる。
間抜けなシーンを見せてしまったとはいえ、初対面でいきなりここまで言われてルクスのシーザーに対する印象は最悪なものとなった。
基本的に非常に短気で感情的で、妄想と現実が一致しないと一気にレットゾーンに突入して大爆発を起こすルクス・フランクリンの哲学からすれば、目の前の慇懃無礼な男を殴り倒すには十分なフラグが立ったといえる。
「やめろルクス!」
それを予測していたヴォルフがルクスの振りかぶった腕を掴んでやめさせる。
「何よ!邪魔しないで!」
「こんなところで詰まらない揉め事を起こすな。俺たちの命はあと一週間なんだぞ。忘れたのか?」
「う…」
それを言われると弱い。
ルクスはやり場のない怒りにむすっとしながら顔を背けた。
「そう。それでいい。ん?」
隣でずさっと砂を踏みつける足音。
「…貴様。ルクスに謝れ」
静かな、しかし怒りに満ちた声。
アルク・フェルナンデスである。
「お前がビショップの息子か。親父さんは息災か?」
「そんなことはどうでもいい!お前はルクスを傷つけた!」
ヴォルフはルクスの方を向いた。
けろっとしている。
というか、本人もなぜアルクが怒っているのかよくわかっていないような様子だ。
どうやら頭に血が上るのは非常に早いが、冷めるもの非常に早い性格の持ち主のようだ。
「ああ? ああ。さっきのあれか。あれは挨拶のようなものだ。俺は魅力的な娘にしか手をださん。運がよかったな。俺にもまれた胸は大きくなるらしいぜ。たまにお腹も大きくなるらしいがな。あははは!」
「―――!」
きっ、と歯軋りをするとアルクは瞬時に踏み込み、スパイクボールのような蹴りが放たれる。
膝に抱え込まれた右足が跳ね上がり、その軌跡の先にはシーザーの顎があった。
「――――ごほっ!」
しかし咳のような嗚咽を吐いたのはシーザーではなくアルクだった。
蹴りが放たれたとほぼ同時に、シーザーは振り向きながらしゃがんでハイキックをかわすとそのままアルクの軸足を払った。
屈強な足腰の持ち主であるアルクと言えども軸足が一本の状態で払われればバランスなど保てない。
スピードの乗った足払いでアルクは背中から地面に叩きつけられ、反射的に受身を取ったものの胸の上にはシーザーのブーツが圧し掛かる。
アルクはとっさに横に転がってかわし、さっとその場を引いて距離を取る。
だがアルクが後ろに下がったとき、目の前には間合いを詰めてきたシーザーの顔があった。

「相手を見て喧嘩を売るんだなっ!」
シーザーの強烈な左アッパーがアルクの顎を襲う。
瞬時に腕をクロスして顎をガードするアルク。
「ぐぅッッ―――!」
重い!
衝撃が骨まで響く!
身体ごと吹き飛ばされそうになるほどだ。
アルクが腕の痺れを実感する間もなく右フックが迫り来る。
アルクはシーザーが鉤突きを放つモーションに入るのを確認すると思いっきり上半身を仰け反らせた。
だがシーザーはそれすらもあらかじめ予測していたように、アルクの動きにあわせてさらに踏み込んで右の掌底を放った。
「―――!!」
シーザーの腕が伸びきるやいなや、下から何かが高速で跳ね上がった。
アルクのサマーソルトキックだ。
しかし手ごたえはない。
アルクの蹴りは空を切る。
シーザーは顔を逸らして足先の一撃をかわした。
アルクはバク転を繰り返して距離を取り、本格的な格闘の構えを取る。
「―――」
「…ほぉ」

「見えるぞ貴様の魔力(が波打つ様が!
アメリカのフェルナンデス(では廃れたと聞いていたが、そうでもなかったようだな」
「魔力(? 何をわけのわからんことをっ!」
「……」
「あー? ……。ふん。そういうことか。やはりそっちでは廃れたということか。力を持っていても使い方を知らんのでは話にならんな」
「何のことだっ!何が言いたい!」
「それは……。
―――――いや、言葉で説明してわかるものではなし。どうしても知りたければその身体に教えてやろう!―――はぁっ!」

「虎でさえ俺の前では猫になる。さしずめお前はネズミと言ったところか」
「ぐっ!―――なんなんだこのプレッシャーはっ!?」
アルクは肌にビリビリとした空気を感じた。
まるで突風が吹いたような圧力。
「な、なんだありゃ!ヤツの身体の周りの空気が金色に・・・?」
「え?何? あたしには何も見えないんだけど?」
「見えないのかよ!アルクの身体からも薄いがモヤモヤっと…」
「見えないわよ!そんなもん!だいたい「るーん」って何よ?」
「……人の身体は肉体だけでなく、それを取り巻く意識の身体で出来ています。この身体を流れている生命エネルギーが魔力(。チベット仏教では風(と呼ばれてます。通常、魔力(はある程度の魔力の持ち主でなければそれを視覚で感じ取ることはできません」
「つまり、それを見れるのはあんたらみたいな変人さんだけってことね。じゃあなんでヴォルフは見れるの?」
「うーん、魔力(の強さっていうのは一般的に”この世のモノでないモノほど強い”んです。たとえば先日のキメラのような神話の怪物とか」
「ギリシャ神話には倒した怪物の血を飲むことで超人的な力を得たという話がある。ひょっとしたらキメラの毒が回ったせいで一時的にヴォルフの魔力(が強まったのかも知れん」
「……じゃあなんでルクスは見えないんですか?」
「ヴォルフさん(お前)の方が毒が回ってるから♪」
「……やっぱりそういうオチかよ」
「あ。動いたわよ!」
それまで構えていたシーザーが一気にアルクの懐に飛び込む。
構えた相手への突進からの殴りかかりはカウンターの的である。
当然、アルクは冷静にシーザーへ返しの蹴りを放とうとする。
身長ではシーザーの方が高いが、シーザーの手よりアルクの足の方が長い。
どう考えても理屈ではアルクの蹴りが先に届くはずだった。
この世界の理屈では―――――
「魔力(のイロハも知らんキサマにこれが見切れるか―――金獅子(の牙がっ!」

アルクの目の前に突如として黄金の閃光が現れた。
刹那の光。
ともすれば幻かもしれない。
だがアルクにははっきり見えた。
シーザーの拳がまるで光の線のように幾たびも駆け巡る様を。
.。oO(―――ななななな、なんなんだ!!これはっ!う、うあああああああああっっ!)
一撃。
重く、強烈な一撃を喰らい、昏倒するアルク。
それは一撃でありながら何度も打たれたような奇妙な痛みだった。
すなわち重く強烈な一撃が同時に――正確には同時と思われるほどの連打で打ち込まれた。
よく思えば痛みもあまり感じない。
痛みどころか何も感じない。
目の前は暗くなり、あれほど暑かった気温はどこかへ消えうせた。
それは痛みを通り越して神経が麻痺してしまったときの感覚だ。
アルク・フェルナンデスは一瞬にして意識を刈り取られてしまうほどの衝撃を受けた。
だが自分はここにいる。
立っている感覚はないのに。
「――――――どうし■? 戦■の最中○戦いを忘れ$■――――」
声が遠く聞こえる。
何を言っているの聞き取れない。
―――――ばたん。
何かが地面にぶつかる音がした。
そしてアルク・フェルナンデスは自分が意識を失ったことに気付かないまま意識を失っていた。
「アルクっ! あんたなんてことをっ!」
倒れたアルクにルクスが駆け寄り、見下ろすシーザーを睨みつける。
「おいおい。先に手を出してきたのはそいつだぜ」
シーザーは何の悪気もない様子であっさりと言い切った。
「どうやらそっち(のフェルナンデス家では「魔闘術」は完全に廃れてしまったようだな。もはやフェルナンデスの名はただの名前と化してしまったか。堕ちたものだ」
「―――魔闘術?なによそれ?」
ルクスの疑問にシーザーは答える。
「ふん。聞きたいなら教えてやろう。通常の格闘術や武術は心・技・体の3つ要素から成り立っている。これに第4の要素である『魔法』を加えた格闘術。それが魔闘術だ」
「はぁ、魔法?あんた、頭大丈夫?」
「正常なつもりだ。言っとくが、魔法の存在を信じないなら、昨日お前らが会った神話の怪物(キマイラは一体何なんだ?あれこそこの世に魔法が実在する具体的証拠だろう」
ルクスは「ちっ」、と舌打ちした。
たしかに昨日のアレは4年前に読んだJ・R・R・トールキンの小説「ホビットの冒険(」にでも出てきそうなファンタジー世界の生き物だった。
あんな生き物が実在するわけがない。
だが、破壊された街並がそれが実在したことを示している。
魔法は実在するのだ。
そして目の前のこの男も魔法を使う人間、すなわち魔法使いなのだ。
ルクスは容易には受け入れられない事実をなんとか受け入れようとしていた。
同時に、アルクのわずかに残った意識は忘れていた記憶を呼び覚ましていた。
記憶の奥底にあるぼんやりとした記憶。
それは何年か前にアルクが父から教わったおとぎ話……
―――魔闘術。
それは何百年も前から、それこそ誰が最初に作ったのかすらわからないほど昔から、フェルナンデス家に代々伝わる独自の戦闘術だ。
実際には欧州各地に伝わっていた戦闘方法をフィルナンデスの先人たちが統合したのであって、開祖というわけではないそうだが、それすらはっきりしないほど昔から存在していた。
伝承によれば、その原点はかつて古代ローマ時代、コロシアムで戦った剣闘士にまで遡るという。

キリストが生まれる以前、ローマはガリアを征服したが、そこから多くの「幻想種」、そして幻想の業を受け継ぐ「魔術師」をローマに持ち帰った。
ガリアを征服したローマ軍によって“戦利品”は闘技場に送られ、神話の戦いをコロシアムで再現させた。
見世物として。
だが皮肉なことに、この見世物として戦わされる屈辱的な環境によってガリア人の戦闘用魔術は最大限に開花した。
互いの言葉も通じない魔術士たちは生き残るために、あるいは自らがこの世にいたという証を残すために秘伝の業を伝え合っていった。
それはガリア以外にもギリシア、エジプト、メソポタミア、小アジアから送られた戦利品にも同じことが言えた。
幻想種には普通の武器は通用しない。
剣も、槍も、矢も、火さえも通じない。
なぜなら彼らは幻想種、幻の生き物だからだ。
したがって幻想種を倒すにはその体を構成する魔力のコアを直接破壊するしかない。
こうして長い時間をかけて血を流しながら磨かれた対幻想種用戦闘術が「魔闘術」の原点となった。
そしてこの「魔力(」なるものは普通の人間の体にも存在する。
魔力(は生命力の源であり、霊魂そのものとも言われている。
わずかな魔力(が減ったり、傷ついたりするだけで人間の体はまったく機能しなくなる……
「――――さて」
「ちょっと何する―――きゃあっ!」
シーザーはルクスを子猫を退かすように簡単に投げ捨て、倒れているアルクの胸倉を掴む。
「どうしてくれようか。本来ならばここでブチ殺してやるところだが、ま、同じフェルナンデスのよしみだ。腕の一本くらいで勘弁してやろう」
シーザーはアルクの腕を掴み、その骨を握りつぶそうとする。
だが、力を入れる寸前、シーザーの首に白刃が添えられた。
「そこまでだ。もう勝負はついている。ここでアルク・フェルナンデスに怪我をされたら連れて行くのに支障が出る」
ソフィアの片手剣(だった。
「…いい腕だ。いつ抜いたのかわからなかったぞ。度胸もいい。普通はそうやって口出しできるものじゃない」
「御託はいいからさっさとその手を離せシーザー・フェルナンデス。さもなくばこの“黒騎士”が貴様の相手になろう」
「魔法剣士で構成された第三帝国『聖槍騎士団』…。こんな砂漠の僻地に送られるとはよほどの無能か、それとも―――」
彼女は無言のままシーザーに眼光を突きつける。
「―――返事は?」
「………ふん。まあ俺としては「槍」が手に入ればそれで構わんからどうでもいい。女に助けられるような腰抜けなど最初から足手まといだと思うがな」
シーザーは興ざめした様子でアルクの胸倉を掴んでいた手を離した。
どさっ、とアルクの体が地面に崩れ落ちる。
「…ふぅ。そこの二人。さっさとこいつを介抱してやれ」
ソフィアがヴォルフとルクスに言うと、二人はアルクを日陰に運んでいった。
ソフィアは息をつきカットラスを鞘にしまう。
「大尉」
アルクが介抱されている様子を見ていたソフィアにベンゼン中佐が声をかけた。
興味が薄れたシーザーと違い、まだ話は終わっていないようだ。
油断のない視線をソフィアに当てながら昨夜に受け取った報告書の内容について話し出す。
「パンタブルグ大尉。君の報告とわたしが受けた報告は内容がかなり違う。わたしの報告ではあの連中はナオミ・フェルナンデスの逃亡を手助けしたとある。だとすればまた逃亡する可能性があるのではないか?」
あの連中はとは言うまでもなくヴォルフたちのことである。
「いえ、それはないでしょう。ナオミ・フェルナンデスはわたしが金で雇ったですから。彼女が逃げる理由などありません。昨日の騒ぎは何者かが召喚した幻想種のせいです」
「キマイラの話ならわたしも聞いた。だがそれとは別にいたと―――」
「いえ。キマイラだけです」
ソフィアは凛とした口調で断言した。
その自信に満ちた様子は居合わせたものでなければ本当のことを話していると思い込んでしまうだろう。
「…そうか。よくわかった。だが面倒を背負うことは感心せんな大尉。あの連中の世話をしてたら任務に支障がでるぞ」
「しかし「ロンギヌスの槍」の調査・捜索はわたしの仕事です。そしてわたしは彼らが役に立つと判断した」
「いいや。それはわたしの仕事だ。連れて行くことは許可するが、君の仕事はあくまでわたしのサポートだ。わたしは中佐。君は大尉。わたしの言いたいことはわかるな?」
「……申し訳ありません。無礼をお許し下さい」
「気を悪くしたか?」
「…いえ。では失礼します」
ソフィアは軽く一礼すると自らもラクダに跨り、出発の合図を出した。
・・・
「あいつ何様のつもり?やったら偉そうでさー!すんげぇムカつくんだけど!」
「胸をつかまれたことがそんなにショックだったか?」
「違うわよ!あたしがムカついてるのはあんたの上司の方!くやしくないの!あんなにあからさまにバカにされて!」
「別に。第一、お前が怒る必要は無いだろう?」
ルクスの不平をソフィアが軽く受け流す。
「そりゃそうだけどさ。見ててムカつくじゃない?ほんと傲慢な男。命令を出す自分の声に酔いしれてるわ。あたしはあーやって自分の方が立場が上だからって、やたらと威張り散らす男が一番嫌いなのよね」
「社会に出ればそんなものだ。どこの国だろうと、どこの組織だろうとな。そんなことでいちいち騒いでいたらキリが無い。仕事として割り切れ」
「大人なのね。でもそんなに我慢したらそのうちストレスが堪って「ふぁっびょーん!」って爆発しない?」
ルクスは頭の上で両手をぱっと開いて爆発の仕草をする。
「…ふぁびょん?変な表現だな。訛ってるのか?それともわたしのヒヤリングが悪いのか?」
「いいえ。ごめんなさい。気にしないで。わかる人にはわかるから」
「???」
言っていることがよくわからずソフィアは首をかしげた。
「…」
「どうしたのアルク?さっきから暗いわよ。体痛む?」
「いや。痛むには痛むがそれは大したことじゃない。そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて何?喧嘩売って一方的にボコられたから凹んでるの?」
「う…」
図星だった。
ルクスの言葉がアルクの心にずしりと突き刺さる。
自慢ではないが、アルク・フェルナンデスにとって殴り合いの喧嘩は彼の一八番だった。
かつて幼少の頃、非力だったために目の前の少女を守れなかった悔しさから武術を学び、数々の修羅場をくぐって来たのだ。
武器を持った複数の男たちと殴り合いをしたこともあるし、中には拳銃を撃ってきたヤツもいた。
自動車でひき殺されそうにもなったし、汚職警官やマフィアの手先のような連中と揉めたこともあった。
だがそういった困難を乗り越えた彼には『自信』というかけがえの無い財産が残った。
自分は彼女を守れる。
たとえ彼女がどんなに危険な場所で無鉄砲なことをしても絶対に守れる。
そう思っていた。
この旅に無理矢理ついてきたのもその自信があったからだ。
何年間もずっとそうやってきた。
だが今、数年間の実績が作った自尊心は粉々に砕けてしまった。
目の前で最愛の少女が侮辱されたのに、一発殴ることすらもできなかったのだ。
悔しさと情けなさで身体が震える。
「お前はっきり言うな…」
「だって本当のことじゃない」
「…こいつが誰のために喧嘩したかわかってるのか」
「知らないわよそんなの。なんであたしが知ってるのよ」
さらにルクスが追い討ちを駆ける。
実に酷い言葉だ。
いつものことと言えばいつものことだが、心にグサリと突き刺さる言葉である。
アルクの心は大きく傷ついていた。
「…大変だなアルク」
「はは。平気さ。慣れてる…」
思わずヴォルフは隣の哀れなアメリカ人の若者に同情した。
男としてこれほど惨めな展開があるだろうか?
いつものことさと納得しながら自嘲気味に笑うアルク。
ヴォルフはその小さく見える背中に一筋の涙を見た。
「ところでアルクが喧嘩で負けた相手は一体誰なの?顔見知りだったみたいだけど」
「ヨーロッパのフェルナンデス家だ」
「ヨーロッパ?」
「……。ソフィアさん。なぜヨーロッパのフェルナンデスがここにいるんだ?」
「スポンサーだからだ」
「……あのー、全然話が見えないんで最初から説明してくださらないかしらお姉さま?」
「そうだな。まず、お前の胸を揉んだあのセクハラ男の名前はシーザー・フェルナンデス。フランスの企業家でヨーロッパのフェルナンデス一族の現在の長。法王庁(ともパイプがあるそうだ。法王庁が半ば無理やり送って来た武装神父隊は当初は今回の作業には参加する予定はなかったが、彼のコネでこの仕事に参加できるようになったそうだ。詳しくは知らん」
ソフィアはそう答えた。
ようするに彼女も細かい事情までは知らないのだ。
「ねぇアルク。フランスのフェルナンデス家って言ったけど、そもそもフェルナンデスってどういう一族なの?もしかして吸血鬼(ハンターとか?」
「……どこからそんな途方も無い説が出てくるんだ?」
「なんとなく『フェルナンデス』っていう響きが。そんな感じがしたのよ。しいて言うなら女の勘ね」
幼馴染の果てしなき妄想にため息をつくアルク。
「―――フェルナンデス家は主に貿易を扱ってきた一族だ。
歴史の長さだけなら下手な王家や大公家よりもよっぽど長い。長いだけだけどな。
一族は欧州全土に親類がいて、緩やかな協力関係にある。大抵は何かしらの企業を経営してるから、企業グループみたいなものだ。
だけど二百年ほど前に分家の一つが本家との縦の繋がりに嫌気を指して一族を抜け出した。
それがアメリカのフェルナンデス家。つまりわたしの家系だ」
「二百年前っていうと、ちょうど独立戦争の頃ね」
「なんの独立戦争だ?」
ヴォルフが言った。
「知らないの? アメリカ独立戦争よ。百万のイギリス軍を一握りの農夫が熊手で叩きのめした戦いよ。
♪ お〜、せい きゃん ゆー し〜♪ ばい ざ だうんず あーりぃ ら〜いと♪」
一句一句うんうんとうなづきながら自信満々に騙るルクス。
しかもいきなりアメリカの国歌を歌いはじめた。
(さすがビールを飲んで国歌を歌いながらメジャーリーグ観戦して余暇を過ごす国民だけのことはあるぜ。こんな頭のネジが外れたアブねぇ連中とドンパチした前大戦はそりゃ負けるわ…)
ヴォルフはルクスが聞いたら激怒するようなことを思いながら、その気持ちを自分の中にしまいこんだ。
「―――以来、フランスのフェルナンデス家とアメリカのフェルナンデス家は対立しあっている。もっともそんな昔話、まだ気にしているのは年寄りの爺さんたちくらいだが…」
「なるほど。あのシーザーってヤツがアルクの遠い親戚だって事はわかったわ。それで一つ質問」
ルクスは褐色の少女をちらりと見て、
「ねぇリューシーさん。“ナオミ・フェルナンデス”ってのはフェルナンデス家に何か関係があるわけ?」
「何も。わたしあの人知りませんし」
「ホントに?」
「ホント、ホント。マジですよ。インディアン嘘つかない」
ニッコリと笑って掌を見せるインド娘。
(インド人だったのか……)
「なら別の質問。どうして偽名を名乗っていたの?」
「それにはいろいろ込み合った事情がありまして」
「込み合った事情、ね。それは何?」
「それは………わたしが魔法使いだからです」
「はぁ?」
パン!、と音を立てて手を合わせる褐色の少女。
「もしも魔法を使えることがばれてしまったら、わたしは魔女扱いされて死刑にされてしまいます。あ〜なんて可哀想なわたし。薄幸の美少女リューシアナッサの運命は如何に?」
「…」
「それは違うな」
のらりくらりで話を逸らそうとするリューシーに代わってソフィアが答えた。
「魔法使いうんぬん以前に、お尋ね者だからだから名前を変えたのだろう」
「……」
「お尋ね者?」
「お前ら何も知らんのか。この女の経歴を」
「知らない…。が、悪い予感がします…」
呆れた、というソフィアの表情。
「お前らしいと言えばお前らしい話だが…まー、わかりやすく言うとだな。この女は泥棒だ。行方を眩ませたクラーク・フランクリン博士と組んでルーブル美術館にあったコンパスを盗んだ容疑で指名手配されている」
「コンパス? そういえばどこにいてもメッカの方角を指す魔法のコンパスってのがトリポリで売ってたっけ」
「それは国ごとにシールを張り替えろというインチキ品だろうが。わたしの言っているのは『コンパッソ・ドーロ』のことだ」
「なんですかそれは?」
「コンパッソ・ドーロとはイタリア語で「黄金のコンパス」という意味だ。コンパッソ・ドーロは『シレナ』への正確な位置を示す唯一の手段だ」
「それは妙だな。「コンパスの示すルートを記録すれば地図ができるはずだ。地図はないんですか?」
「あるが役に立たん」
「どういうことです?」
「シレナの遺跡は常に砂漠を彷徨っているんですよヴォルフさん」
「彷徨う?…それじゃどうやって行くんだ?」
「神のみぞ知ります」
「なんだと?」
さらりと凄い台詞が飛び出し、ヴォルフは条件反射的に反応する。
そして深々とため息をつく。
自分の命はこの褐色の電波娘にかかっているのだという状況が彼から元気を奪っていった。
「……頼むぜリューシーさん。何度もしつこく言うが、君だけが頼みの綱なんだ。あと5日以内に槍を探してキメラの毒を消さないと俺は死んじまうんだぞ」
「わかってますよ。わたしがヴォルフさんのことを忘れていると思ったのですか?」
「うん」
即答だった。
まったく迷いはなかった。
腹が減ったら食べ物を食べる。
喉が渇いたら水を飲む。
それくらい当然のことと思って正直に答えた。
「うう…酷いわ。わたし、とても傷つきました。ヴォルフさんの意地悪っ!バカッ!変質者!」
(………この娘は被害妄想が激しいのか? 理解に苦しむぜ)
ヴォルフはだんだんとリューシアナッサという女の子がよくわからなくなってきた。
最初に出会った頃の「エキソチックな褐色肌の少女」という印象はすでに「蛮族の変人」レベルまで堕ちていた。
やっぱり外人の考えることはよくわからん、と思っていた。
そんな調子だった。
そのとき、
「―――――“槍”の在り処は“槍”が教えてくれます」
「―――???」
リューシーはそんなことを言ってポケットからコンパスを見せた。
「なんだこりゃ。このコンパスは北を指してないぜ」
「そう。これは北を指しません。でも北を探しているわけじゃないでしょう?」
「そりゃそうだが…… ぶっ壊れたコンパスなんて何の意味があるんだ?」
当惑するヴォルフにソフィアが横から口を挟んだ。
「リューシアナッサ。その『コンパッソ・ドーロ』の針はロンギネスの槍の欠けらか?」
「槍の欠片?」
「…と、言われている。実際にどうかは知らんがな」
以上、ソフィアのあまり役に立たない説明だった。
「よくご存知で」
「フランスのルーブル博物館に保管されていたそのコンパスは一年前に盗まれた。やはり犯人はお前だったのか」
「犯人とは酷い言い方ですね。犯人はフランクリン先生ですよ。わたしはちょっと手伝っただけです」
「つまりは共犯というわけか。犯行を認めるわけだな」
「いいじゃないですか。どーせあの博物館にあるものはフランス人が世界中から盗んだ盗品なんですから。
知ってますか? アジアの諺に「お前のモノは俺のモノ、俺のモノも俺のモノ」ってのがあるんですよ」
「そのバカげたコトワザはともかく、それが原因で名前を変えたのかリューシーさん」
「嬉しいわヴォルフさん。まだリューシーって呼んでくれるんですね」
「俺にとっちゃ君がリューシーだろうとナオミだろうと頭のおかしい女の子には変わりないさ。ちなみに君はどっちで呼んで欲しい?」
「リューシーでいいですよ。あんまり前の名前はいい思い出がないものですから。というかヴォルフさん。あなたその前に凄く失礼なこと言ってません?」
「全然。それに俺は君みたいな娘には免疫がある。一見普通なんだが、話してみるとちょっと頭のネジが外れてるような……姐さんの姪がそんな娘だった」
「姪、ですか」
ちらっとソフィアの方を見る。
「やっぱ血の繋がりって凄いんですね」
「…どーいう意味だ…!」
「別に」
「で、リューシーさん。その壊れたコンパスが何の役に立つんだ?」
「塵は塵に、“槍”は“槍”に。この欠片は槍の位置を教えてくれます」
「???」
当惑するヴォルフをしりに、リューシーは深く呼吸すると何やら怪しげな呪文を詠唱し始めた。
「……サンスクリットだ」
「サンスクリット?」
「し。よく見てろ。あれがが『魔法』。―――――――神の力だ」

(…コンパスが宙に浮いてる!? 目の錯覚か? いや、そんな…)
自称魔法使いの少女の髪が突風もなしに逆立つ。
やがてリューシーの手の平から発生した青白い光がコンパスに吸い込まれると、彼女の髪も元に戻った。
「リューシーさん。何をしたんだ?」
「バッテリーの充電のようなものです。このコンパスは魔力がないと機能しないんです。このコンパスは燃費が悪いものですから、もって2時間くらいかな。そのたびに莫大な魔力で充電しなければいけません」
「魔道具…ってヤツか」
「あら。いい勘だわヴォルフさん」
「君が教えてくれた」
「そうでしたね。これこそが「魔道具」。魔力を持った幻想の道具(アイテム)。クラーク先生はこのコンパスを手に入れて砂漠を彷徨うシレナの遺跡を発見したんです」
「彷徨う? 遺跡が移動するってのか?」
「はい」
リューシーははっきりとYESを表示した。
「マジかよ……。幽霊船(じゃあるまいし」
「シレナは常に砂漠を彷徨ってます。たぶん、古代の魔術士が張った守護結界の一種でしょう。魔力の供給源は砂漠。半永久的な理想結界です。そして結界によって守られた遺跡は砂漠によって外界から隔離されてきました」
「質問。誰が何のためにその結界を張ったんだ?」
「それを知るものは誰もいません。この結界のためにシレナはその存在を示す資料が断片的とは実在するのに、これまで誰も行けなかったんです。ナポレオンの調査隊はアレキサンドリアの資料を研究してシレナが実在する可能性が高いと考えましたけど、この欠片を手に入れるだけで精一杯だったんです」
「それでナチスはリューシーさんを狙ってたわけね。コンパスが欲しいから。いまさらだけど、そのコンパスを渡しちゃえばよかったじゃない。わざわざナチスと敵対して命を狙われることはないでしょう?」
「こら。人聞きの悪いことを言うな。我々は最初からリューシーを殺そうなどと考えていない。それをやろうとしているのはベン―――」
「何?」
「…いや、なんでもない。ともかく私はリューシーを殺す気はない。なぜならこの娘とコンパスの両方が必要なのだからだ」
「どういうことです?」
ソフィアははっきり答えた。
「そのコンパスはリューシーにしか使えない。それでナポレオンは使い方がわからず調査を打ち切った」
「使えないって?」
「試しに持ってみろ」
ヴォルフは言われたとおりリューシーからコンパスを受け取った。すると。
「あれ?針が沈んだ?なんだこれ?」
「そのコンパスは常に魔力の供給を必要する。それも『幻想種』クラスの膨大な底なしの魔力にな。おそらくそのコンパスを使えるのは世界でリューシーただ一人だろう。ナポレオンはルクソールでそのコンパスを見つけたが、使い方がわからず槍の捜索を打ち切った」
「たしかナポレオンが槍を探した理由は『背を高くしたい』でしたね」
「はぁ? マジで?」
「皇帝たるものがチビでは様にならない。人間誰でも悩みはあるものです」
「リューシーさんに悩みなんてあるの?なんかいつも幸せそうな顔してるけど」
「うう、酷いわルクスさん。わたしとても傷つきました…」
わざとらしくションボリする。
「…リューシーさん。君は何者なんだ?」
ヴォルフが真剣な声で質問した。
最初は『幻想種』の存在を信じていなかった彼であるが、キマイラのような神話の怪物と命がけで戦えば考えを変えざるを得ない。
そしてリューシーが『幻想種』クラスの魔力を持っている理由も知りたいと思った。
考えてみれば自分はリューシーのことについて本名すらも知らないのだ。
「ふふ。わたしの秘密を知りたいの?くすくす」
ずずいとリューシーはお互いの鼻が触るくらい近づけて笑う。
思わず―――――ドキッ、とした。

「――――――わたしはちょっと魔法が使える変わった女の子ですよ」
相変わらずの笑顔でまったく本当の顔を見せようとしない。
それともこの無邪気というよりは天然ボケのこの姿が彼女の本当の顔なのだろうか。
「旅は長い。時間もあります。そのうち話しますね。そのうち」
「…」
何かが喉にひっかかるような切ない思いを胸に、キャラバンはコンパスの示す方向に向けて順調に進んでいた。

熱射のサハラ砂漠に輝く太陽は神秘的でもあり、また絶望的な存在でもある。
キリストの誕生する何千年も前の人々は太陽を神と崇めていた。
エジプトのホルス、ギリシャのアポロ、ペルシャのアフラ、インドのアスラ・・・。
古代人が太陽を神と崇めた理由がわかりそうなものだ。
この何もない広大な大地で生殺与奪の権利は天に輝く恒星に握られているのだから。
ラクダで行く一行の運命はこの聖なる灼熱の大地によって定められているのである。
神の領域であると同時に恐るべき禁忌の場所。
砂漠を犯す者には死を、砂の精の舞を見たものには狂気を。
神よ、彼らを見守りたまえ。
「ヴォルフ。あんたやけに荷物が多いわね。そっちのバッグは食糧と水でしょう?じゃあもう一つのは何が入ってるの?」
ルクスはヴォルフのズック袋を指差して言った。
「これか? これには武器と薬草が入ってる。何が起こるかわからんからな。ま、『幻想種』には銃なんて大して役に立たないことはわかっちゃいるがないよりマシだろ」
「たしかにあのキメラみたいなのが出てきたらまずいわね。はっきり言って打つ手がないわ。ところで銃は弾をちゃんと装填してる?
銃はちゃんと弾を装填しないと役に立たないわよ」
「当たり前だろ。何を言ってるんだ?」
「うーん。なんとなく?」
「疑問形で答えられてもなぁ…」
「あ、そうだ!あたしのウィンチェスターは?」
「……すまん。無くし―――いや、喰われた。げほっ!」
ルクスの膝蹴りがヴォルフにみぞおちに食い込んだ。
「あんたねぇっ!人のモノを勝手になくさないでくれる!?香水のビンも壊すし、銃もなくす!おまけに馬車まで燃やされて大損害よ!絶対弁償してもらうからね!」
「細かいことを言うようだが、馬車を焼いたのは俺じゃなくてあのキメラだぜ」
「同じことよ!」
「――――いや、その理屈はおかしい」
おもわずアルクが突っ込みを入れた。
「男が細かいこと気にしないの!それよりあんたのところにも監視する人がいたでしょ? よくそんなもの揃えれたわね」
「…それが妙なんだよ。監視はしてても何も言わない・・・っていうか、途中から監視すらしてなかったような…信用されてるんだか、舐められてるんだか。まー、マックスらしいと言えばらしいんだが…相変わらずいい加減で軽薄な男だ」
「何? あんたのんとこの監視って知り合い?」
「前に同じ部隊にいた。負傷してとっくに除隊したはずだが、なぜかここにいる」
「へぇー、そりゃ凄い偶然ね」
「偶然か…そうだな。ともかくだ。何が起こるか予想がつかない。ただの宝探しで終わればいいんだが………嫌な予感がするぜ」
「――――冒険の予感?」
「…気楽でいいなお前は。わかってるのか?あと5日以内に槍を手に入れないと俺たちは死ぬんだぞ」
「わかってるわよ。でもそんなこと気にしててもしょうがないじゃない。明るくいきましょう」
・・・
「ねぇソフィアさん。いろいろ聞いてもいい?」
「なんだ?」
まだ太陽は高いところにある。
話していると体力を失うが、まずは情報収集だ。
これから一緒に仕事をする人のことを何も知らないのでは仕事に支障が出るというものだ。
「たしか『ドイチェス・アーネンエルベ』って何年か前に海外活動を停止したんじゃなかったっけ?それまで世界中で古代の宗教遺物を荒らしまわってたみたいだけど」
「ほぉ…よく知ってるな。どこで知った?」
「さあどこかしら?当ててみて」
「親父さんからかな」
「正解。パパは昔から世界中を回ってて、何年か前にはカイロとかベニスであんたら(と戦ったって言ってわ。あ、そうそう。ベルリンにもぐりこんでヒトラーのサインももらったとか言ってたわよ」
「……お前の親父ってたしか大学の先生じゃなかったのか?それがなんでアーネンエルベと財宝の奪い合いをしてるんだよ」
「そりゃあ冒険には戦いが付き物だからよ。英雄に相応しい武勇伝だわ」
「……説明になっとらん」
「パパは宗教的遺物や遺跡は人類全体の宝であって、そういったものは博物館のコレクショ―――博物館が保存するべきだと言ってたの。だからナチスがそういうモノの超能力を兵器に使うのが許せなかった。でも米国(の連中もそれを兵器か何かに利用することしか考えてなかった。結局、同じ穴のムジナだったわけよ」
「むぅ、悲しい現実だな」
「で、ルクスの父君は米陸軍のお役人と大喧嘩して、あんまり頭に来たもんだから南米の地下遺跡を発見したのにそれをわざと知らせなかった。おかげで我々(は邪魔されずに遺跡を調査することができた。」
「なーんだ。そこまで知ってたのね」
「知ってるさ。君のパパは我々のブラックリストに載ってたからな。クラーク・フランクリン博士は言うなれば第三帝国の宿敵だ。だがしかし、その宿敵の一人娘が今は我々と行動を共にするとは。こういうのを皮肉というのだろうな」
「そうね。それにしてもパパは今ごろどこで何してんだか……ま、昔から鉄砲玉だったら心配なんてしてないけどね」
「……さて。こちらはそっちの質問には答えた。今度はこっちが質問する番だ。ルクス・フランクリン。お前はなぜリビアに来たんだ。富と名声を求めてシレナの遺跡(を探しに来たわけじゃないだろう?」
「こんなことを言ったら、いかにもテキサス人と思われるかも知れないけれど……」
ルクスは一区切りついてニヤリとしながら、
「あたしは冒険をしに来たのよ。あたしの家は代々冒険家だったの。あたしのパパも冒険家だった。だからあたしも冒険家になりたかったのよ」
「冒険ねぇ…ま、目的は達したわけだ。神話の怪物に追っかけられて、剣と魔法の世界に踏み込み、なんとあと一週間の命だ」
「あら。なんか諦めモードね」
「お前なぁ…どうすれば希望が沸いてくるってんだ?俺は基本的に前向きに考えるタイプの人間だが、正直見通しは暗いぞ」
「大丈夫。なんとかなるわよ。パパが言ってたわ。『何事も為せば成る」ってね」
「為せば成る、ねぇ… ん?」
「――――ハァハァ………」
「どうしたんだルクス。顔色が悪いぞ」
「な、なんか身体が重くて頭がクラクラする……やだ。熱中症かしら…… キモチ………ワ…ルイ…」
どさ、とルクスがラクダから滑り落ちる。
「おいどうした!」
ヴォルフはルクスに駆け寄ってルクスの黄土色に染まる顔色を見た。
「なんだこれは…?」
「どけっ!ルクス!ルクス!しっかりしろ!ルクス!」
アルクはヴォルフを押しのけてルクスの身体を揺さぶる。
彼女は白目を向いており、すでに呂律が回らない。
意識も吹っ飛んでしまっているのではないだろうかと思えるような症状である。
「慌てるなアメリカ人」
落ち着いて声をかけたのはソフィアだった。
水筒の水をルクスにぶっかける。
「ぷはぁっ!はぁっ!ごほっ!ごほっ!」
「ルクス!大丈夫か!」
「はぁはぁ…っ!」
激しく咳き込み型で息をするルクス。
そしてまた気絶してしまった。
「ルクス!ルクス!」
「うるさい。ショックで伸びただけだ。死にはしない」
ソフィアは水筒のフタを締めた。
「これが幻想種の毒だ。“スイッチ”が入ると今のような症状が起きる。それまで元気だった人間がいきなり苦しみ、一気に意識を持ってかれる」
「これが…」
「―――幻想種の毒、か…」
ルクス、そして同じ毒に感染したヴォルフが小さく呟く。
「「…お前はなぜ平気なんだ?」」
ソフィアとアルクが同時に言った。
「知らんよ。個人差があるんじゃねぇのか?」
「むぅ…」
今ひとつ納得いかないアルク。
対するソフィアは何か思い当たる節があるような表情を浮かべている。
が、確証が得られないのか何も言わなかった。
「とにかく。これで丸一日は平気でいられるだろう。だが発作の周期はどんどん短くなる。そのうちまともに動けなくなるぞ」
「そんな!まだ遺跡についてもいないんだぞ!これじゃ槍を探すどころかシレナに着く前にルクスは……。ソフィアさん!何とかならないのか!」
「槍なしでは打つ手がない」
焦るアルク。
その表情が示す感情。それは恐怖だった。
「…ひとつ方法があります」
言ったのはリューシーだった。
「言っておくが槍なしでは毒を消すことはできんぞ」
「消すことは無理でも症状を抑えることはできますよ」
「…霊薬(のことを言っているのか」
「霊薬(?なんだそれは!?」
「霊薬(とは精霊が作った特殊な魔法薬の総称だ。人間以外の、より幻想の存在に近いその種族が魔力を込めて作る薬は古来より万病に利くとされている。人間の薬では効果が無い幻想種の毒も、霊薬(ならばなんとかなるやもしれん」
アルクの表情が明るくなる。
だが次の言葉が希望を冷たく振り払った。
「――――だが精霊なんてものはわたしでさえ2,3種族しか知らない。それもチベットとアイスランドと南米の奥地でだ。しかも霊薬(は非常に貴重でそう簡単には手に入らないと聞く。こんな砂漠ではどうしようもない―――」
「こともないですよ。この辺りには砂漠の精霊の住む村があります。幸運なことに、その村の位置はコンパスの指す進路上です」
「それは本当なのかリューシアナッサ?」
「当たり前のことを当たり前に言う。大事なことです。神の祝福を」
「なら話は決まった!そこへ行こう!」
アルクの声が一人大きく響く。
ソフィアは腕組みしながら何かを考えていたが、しばらくして了承のサインを送った。
アーネンエルベの任務は世界各地の霊的遺跡の調査・発掘・確保であり、未知の精霊族の居住区を知ることは大きな収穫でもあるからだ。
ただし、今回ソフィアに与えられた”本来の任務”とは異なるが……
ソフィアは後方のベレンナを呼び、少しルートを外れることを説明した。
ベレンナは精霊の村と聞いて難色を示したが素直に従った。
普通の遺跡の調査だったら自分たちだけで行くこともできるが、シレナの場所はリューシーしか知らないからだ。
こうして一行は砂漠の精霊―――通称「ジン」と呼ばれる種族の村へと向かうことになった。

陽が暮れる。
魔女の老婆の鍋底のような灼熱地獄がようやく終わりを告げようとしていた。
ソフィアの提案で睡眠は数時間に限り、夜中にも行進を続けることになった。
疲れていたが反対するものはいなかった。
日中の暑さを一日耐えた者にとって、夜中の星空の下の旅は精神的にも肉体的にも受け入れやすいものだったからだ。
適当な場所にテントを設営し、軽い食事と仮眠を取る。
ソフィアはなにやら通信機で連絡を取っている。
どうやら今日の進み具合と位置の確認をしているようだ。
こうした小まめな作業がいざというとき救助隊の道しるべとなる。
この面子に救助隊を差し出す価値があると判断してもらえればの話だが…
そんなことを思いながら、今日の出来事を日記に書く。
「いい夜ですねヴォルフさん。とても星が綺麗」
すると毛布を纏った褐色の少女がヴォルフの前に現れた。
「リューシーさん。寝てなかったのか?」
「わたしはこの気候に慣れてますから。あなたこそ寝なてもいいの?まだ先は長いわ」
「寝ようとしたら君が来た」
「迷惑だったかしら?」
「……いいや。とりあえず座りなよ」
「はい」
リューシーはヴォルフの隣に座った。
体が密着する。
「この毛布一枚じゃちょっと寒いです。くっ付いてもいいですか?」
「ああ。別にいいよ。俺も寒いと思ってた。砂漠は慣れたつもりだが、今でも体がおかしくなることがある」
ヴォルフは薪を火に入れる。
「こうしてると君と会ったときを思い出すよ。あのときも砂漠のど真ん中だった」
「てっきり死んでると思ったわ」
くすりと笑う。
「君が来るのがもう少し遅かったそうなってた」
バチバチっと薪が燃える。
「―――――リューシーさん」
「はい?」
「君はどこで魔法を覚えた?なぜ魔法なんてものが使えるんだ?」
「使えるものは使えるんです。鳥が空を飛べるのは飛べるから飛べるのでしょう?」
「答えをはぐらかさないでくれ。普通の人間には魔法なんて使えない。なら君は普通じゃない」
「む。人を変態呼ばわりするなんて酷い男(ひと)ですね」
「――姉さんはあのコンパスは幻想種クラスの魔力を持った者でしか使えないと言っていた。そしてそれに該当するのは世界で君だけだとも言っていた」
「そんなこと言ってたかしら?」
「言ってた。この際、魔法が実在するのは認める。幻想種がいるのも認めるさ。そのうえで聞きたい。君は…君の魔力はどうやって身に着けたんだ?」
「えーと、早寝・早起きかな?」
「……」
「あら怒りました?」
「ああ。だが、一般人の俺には魔法のことを話されてもどーせ理解できないし、したところで使えないんじゃ意味がない。もういい。寝る」
「ごめんなさい。ふてくされないで」
「……ふてくされてない」
「じゃあこうしましょう。話せる範囲でお答えします」
「―――なら太陽の石について答えてもらおうか」
突如、第三者が会話に乱入した。
「ソフィア、さん?」
「姐さ…大尉?」
ソフィアだった。
「邪魔して悪いな。だがこちらも聞きたいことがあった。他の連中にはあまり聞かれたくなかったから昼間は聞けなかったことだ」
「大尉。今は俺が魔法について聞こうと―――」
「魔法のことならそのうちわたしが説明してやる。その代わりに質問権を渡してもらおう。リューシアナッサ、太陽の石について答えろ」
「……」
「その沈黙は肯定と受け取られてもらおうか」
「大尉、なんなんですか太陽の石って?宝石(ペリベット)のこと?」
「よくそんな名前を知ってるな。だが、ペリベットはただの鉱物、ただの石だ。『太陽の石』というのは古代ギリシャで「アポロンの秘宝」とも呼ばれていた魔法の石だ。砂の大地に水を湧かし、荒れた荒野を豊かな土壌に変えるとされる神秘の秘宝だ。それは魔法使いの魔力を数倍から数十倍に増幅し、神の奇蹟を可能とするとされている――――どうしたその顔は?」
「あー、またそのパターンですか」
「“また”とはなんだ。“また”とは」
「別に。で、そんな神秘の秘宝なんてものを本当に”この”リューシーさんが持っていると思っているのですか?」
「…この、は余計だと思います」
「へいへい。で、どうなんです?」
「…いや。アーネンエルベとしての公式な見解はまだ調査中だが、わたし個人としては持っているとは思えん」
「ボディチェックは?」
「されましたよっ!女しか隠せない体の穴の中まで……わたし…汚されちゃった。しくしく…」
「…!!」
「冗談だ。真に受けるな」
またからかわれた。
どうやら自分は目の女どもにとっていいオモチャのようである。
「大体そんなことをしても無駄だ。太陽の石は魔力の塊。たとえ飲み込んで胃袋に隠していたとしても、その程度では存在を隠せるわけがない。
体から漏れる膨大な魔力はその程度では隠し様が無い」
「太陽の石」は神々の魔力を結晶・石化したものとも言われている。
昨日のキメラよりもはるかに純度が高い代物だ。それは『失われたアーク』や私たちの目的である『ロンギヌスの槍』のようなS級宝具に分類されるだろう。
それを持っていることがばれたから名前を変えた。―――というのが本当の改名理由じゃないのかナオミ・フェルナンデス、いや、リューシアナッサ・アンピトリーテ?」
「――――あなたもホントしつこいオバサンですね。散々ボディチェックしたくせにまだ疑ってるんですか?」
「オバサンは余計だ。オバサンは・・・っ!」
あと数十日で20代が終わるオバサンが額をピクピクさせながら、ドスの利いた重い声で言った。
「ともかく!現状ではリューシアナッサが太陽の石を持っている可能性が高い。あの魔力はそれ以外では説明できないからだ!だがボディチェックをしても出てきやしない!どういうことだ!」
「……ようするに迷宮入りってことですか?」
「事実を言うな事実を。たしかにこいつが石を持っている証拠は無い。実物がないのだからな。だが、ないという確証もない。あの膨大な魔力を説明できる理由が他にないからだ。ドイツ、いや、欧州最強の魔法使いである私の師でもこの女には叶わないだろう」
「……悪魔の証明って知ってますか?」
「あー、知ってるよ。悪魔が実在することは証明できない。つまり、無いことを証明することはできない、というアレだな。だが、それは魔法を排除した世界でのみ通じる限定的な法則だ。お前の魔力の源の理由、必ず調べてやるからな」
「……根拠ゼロなのにいつまでも疑うなんて。狂信的なオカルトマニアって怖いですねヴォルフさん」
「……本物の魔法使いがカルト呼ばわりするのか?」
「さて、これ以上話しても進展はなさそうだ。わたしも寝るとしよう。お前らも寝ておけ。あと1時間で出発だ。」