疾風怒濤!!
strum und drang!!

―――― ヘラクレア メデューサ通り

 

教会の前の道を直進して出るヘラクレアの南側の大通り。

この大通りは古代ローマの守護神であるメデューサの名前を持っていた。

メデューサとはギリシャ神話に出てくる蛇の頭を持つ邪悪な鬼のことである。

メデューサの語源は「至高の女性の知恵」であり、元々はアマゾン族の女神であり美しい姿だった。

だが、トロイア戦争ではアマゾン族はトロイにつき敗戦。

その後、ギリシャの戦いの神アテナの呪いによって醜い姿に変えられてしまった。

しかしギリシャ神話をそのまま受け入れたローマ人はこの哀れな女神を魔除けとしてあがめた。

ローマ時代のメデューサの像は今もヘラクレアの街のいたるところに残っており、そしてこの大通りはメデューサの姿を彫刻した柱が何十個も立っているため「メデューサ通り」の名前がついた。

ほぼ直線の整った道だが、神殿や寺院といった建物は北側に集中しているため人影はほとんどない。

ここを進めば古代ローマの広場フォーラムがあり、それの先を行けば南の門がある。

ヘラクレアは一種の城砦都市であり、周りは高い塀で囲まれているため外へ出るためには南門を通るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は砂の海だが荷物はすでに整っているので、このまま街の外へ出て行っても問題ない。

…本来ならば。

パン!パン!パン!パン!パン!パン!

西部劇スタイルで両手に構えたルクスの拳銃から連続花火のような景気の良い銃声が響く。

何挺ものピストルが収まった弾帯を着込み、今撃っている拳銃が弾切れになると次の拳銃を手に取る。

 「じっちゃん!もっと跳ばして!もっと!もっとよ!追いつかれるわっ!」

 「これが限界じゃい!ラクダは自動車とは違うんじゃ!」

事故を起こしてもおかしくないスピードでヘレクレアを疾走する幌馬車。

その後ろからは怒り狂った野獣が追いかけてくる。

「お前さんこそ!銃を持ってるならちゃんと当てんかいっ!」

「当ててるわよ!」

ルクスの言葉通り、たしかに銃弾は命中している。

弾丸はキマイラの肉片を削り、身体に穴を空けていた。

神話の怪物とはいえ生物なのだろう。

出血もするし、悲鳴のようなものも聞こえる。

だが、キマイラの傷はすぐに塞がってしまうのだ。

トカゲの尻尾がまた生えてくるのとはワケが違う。

銃弾を喰らっても喰らって凄まじい再生能力で元に戻る。

さっきから普通の猛獣ならば何回も仕留められるほどの弾を撃ち込んでいるにも関わらず、そいつは何事もなかったように追跡をやめようとしない。

ルクスがテキサスから持ってきた装備は、人間相手なら十分過ぎるほどの威力を持っていた。

だが、古代の怪物相手には分が悪い。

 「爺さん! あいつは火を吐くんだ! もっと距離を取れ!さもないと俺たちみんな黒こげにされちまうぞ!」

ヴォルフが弾の切れたルガーのマガジンを交換しながら言った。

 「火ぃ!?そんな馬鹿なことが…」

 「あるのよ!アルクがやられたわ…」

拳を握り、ぷるぷると振るわせる。

「畜生っ、あの化け物め。・・・アルク。あんたの仇は必ず取ってやるわよ」

「…勝手に人を殺すな」

「あら?大丈夫、アルク?」

ルクスは今の台詞がなかったかのようにあっけらかんと倒れている幼馴染を見る。

「…なんとか」

火傷の苦痛で顔をゆがめるも、どうやら命に関わるほどの怪我ではないようだ。

 「…痛っ。なんなんだ。あれは…?」

 「さぁね。さっきの教会のシスターが飼ってたペットじゃないのか」

ヴォルフが答えた。

「その飼い主は?」

「死んだよ。たぶんな。あの炎の直撃を食らったんだ。…炎? 妙だな」

「何がよ!」

こんなときに何を言うのかとルクスが怒鳴る。

「ひょっとしてあいつ。走りながらだと火を吐けないんじゃないか?」

「・・・そうね。さっきから火を吐くチャンスはあるのに一度もやってこないわ」

「きっとそうだ!あいつは走りながらだと火を吐けない!」

「だからなんなのよ!」

「いや、別に…ただそれに気付いただけだ…!うぉっ・・・!」

がたん!と馬車が揺れた。

すぐそこまで追いついてきたキマイラが体当たりをしてきたのだ。

その衝撃でアルクは後頭部をぶつけて脳震盪を起こした。

「荷物を捨てるんじゃ!いらないものを捨てて馬車を軽くしろ!これ以上体当たりされたらそのうち馬車がぶっ壊れるぞ!」

ヘクターの指示に従ってルクスとヴォルフは荷台の中の火器以外のものを馬車の後ろから投げ捨てた。

「オオオオン!!!」

荷物を投げつけられたキマイラが怒りの声を上げて突進してきた。

「これでも喰らいやがれ!!!」

ヴォルフは何かの瓶を放り投げてルガーで打ち砕いた。

ガラスの瓶は粉々になり、中の液体はキマイラの顔面に降り注ぐ。

「グオオオンっっ!!」

液体を浴びたキマイラが先ほどまでの悲鳴とは少し違う雄叫びを上げた。

おかげで少しばかり距離が稼げた。

「あんた!何をしたの!?」

「あはははっ! ヤツの鼻の穴に香水の原液をぶっ掛けてやったのさ! 見ろ、思いっきり咽てるみたいだ…って、ぐほっ!」

突然殴られたヴォルフが鼻を押さえた。

「てめー!?このクソ尼!いきなり何しやがるっ!」

「あんた、あたしの香水を全部使っちゃったの!」

「ああ!? 当たり前だろ。瓶ごと投げたからな!それがどうしたってんだ!」

「信じられない!ここじゃ滅多にお風呂に入れないからせめて香水で誤魔化さなきゃいけないのに!どうしてくれんのよ!」

「ふん。どこで買ったのか知らんが安物はアルコールを混ぜた粗悪品ばかりだ。どうせ良い匂いなんてしないぜ」

「あれはアメリカから持ってきた最後の香水なのよ!あ〜〜あたしはこれからどうやってすごせばいいのよ…」

「贅沢な暮らしばかりしてやがるな。俺なんか2ヶ月近く風呂に入ってないぜ」

「!」

「あ。でも昨日オアシスで水浴びしたな。って、なんでそこまで遠ざかるんだよ。お前だって砂漠を横断してきたんなら、何日も風呂に入らないことくらいあるだろうが」

「だって・・・」

露骨なまでにヴォルフから逃げ出したルクスの態度に少々むかっ腹が立った。

だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

再びキマイラが突進してきて距離が縮まってしまった。

二人のガンマンはひたすらに銃を撃ちまくる。

シャイセっ!弾切れだっ!」

「! ちょっとあんた何やってんのよ!」

ヴォルフが予備の弾も切れてまったく役に立たなくなったルガーを投げようとするとルクスがそれを掴んでやめさせる。

「なんだよ!」

「あんたルガーを捨てようとしたでしょ!」

「ああ!?弾切れなんだから当たり前だろ」

「もったいないことしないでよ!」

「はぁ!?」

ヴォルフには何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「わかった…このルガーはくれてやるよ。だが、その代わりにこいつはもらうからな」

後ろのザック袋に手を突っ込み、見えていた散弾銃を取り出す。

トレンチ塹壕ガンか」

「近距離戦でショットガンに勝るものはないわ。あるとしたら火炎放射器くらいなものよ」

「なるほど…。火を吐くあいつには通用しないわけだ」

ヴォルフは弾が入っていることを確認すると、すかさずキマイラの顔面にぶっ放した。

どたんっ!

銃口から煙と火炎が発射されると同時に雷鳴のような銃声。

さすがにこの距離でショットガンを喰らえばただではすまない。

しかし相手は拳銃の弾を何発も喰らっても平気な怪物。

一発当てた程度で安心はできなかった。

じゃきんっ!どたんっ!じゃきんっ!どたんっ!じゃきんっ!どたんっ!

二発、三発、四発と連続して撃ち続ける。

キマイラの顔面は血に染まり、顔の半分が吹っ飛んでしまった。

古代の怪物の足が止まる。

だが、キマイラの傷はまるでビデオの早送りを見ているかように塞がっていった。

ヴォルフは歯を食いしばり、「ぎっ」とキマイラを睨み付ける。

「なんてヤツだ! いくら撃っても撃っても傷が再生するなんて聞いてな――――いや、そうでもないか」

 

 

 

 

 

・・・・。

 「…神話の生き物『幻想種』。普通の武器じゃ傷をつけてもすぐに回復してしまう」

 「はい。『幻想種』を通常の武器で倒すのは不可能ではありませんが非常に困難です。彼らはこの世の生き物じゃない。
彼らを殺すには、彼らの体を構成する魔力を根こそぎ消し去る必要があります。しかし『幻想種』の力は強大です。
それこそ兵器と呼んでもいい。ですがそれを操る『召喚者』は普通の人間…」

 「…いや、普通じゃないだろ。普通じゃ。悪魔だの精霊だのを呼び出す連中が普通なわけない」

 「少なくとも銃で撃たれれば死ぬ程度のヤワな体です。だから『幻想種』との戦闘では『召喚者』を狙うのがセオリーになります。『召喚者』がいなくなれば『幻想種』は魔力を供給できず、肉体の形を保つことができない」

 「じゃあ、SSがバハムートを倒す一番簡単な方法はリューシーさんを殺すことなの?」

 「別に殺す必要はありませんよ。気絶させたり眠らせたりしてもいいですし、大怪我を負えばそれだけで『召喚』は続行できなくなります。『召喚』には体力・精神力に大きな負担がかかるんです」

 「で、連中はどうする気だ?普通の武器じゃ太刀打ちできないんだろ。なら勝ったも同然じゃねぇか。君の話が本当ならな」

 「あらあら。その言い方だとやっぱり信じてないですねヴォルフさんは」

 「…そんな話を信じろという方が無理な話だぜ」

 「まあ「対魔装備」もなしに『幻想種』を相手にすることは無謀以外の何物でもありません。「魔法」についての知識もなく、『召喚者』がどこにいるのかわからない場合は逃げるのが一番です」

 

 

 

 

―――――――。

「まったく……こんなことならもっとまじめに話を聞いておくべきだったぜ」

ヴォルフは苦々しくため息をついた。

「あんた人の話を聞けってよく言われるでしょ?」

「そっちこそ」

「まあね」

ルクスも同じことを考えていたのか、短い悪態をつきながらポケットから取り出した弾をシリンダーに装填する。

「たしかリューシーさんの話だと『召喚者』が死ねば『幻想種』も消えるはずだったのに。あのシスターが死んだのになんでこいつは消えないのよ」

「だがあのシスターが『召喚者』じゃなかった。もしくは死んでないなら話は別だな」

「あの炎で生きてるとでも言うの?」

「俺が知るかよ」

ヴォルフの記憶が正しければ、このままひたすら撃ち続けていればあの怪物を倒せるらしい。

キマイラの驚異的な再生能力は無制限ではなく、再生するごとに魔力を消費する。

そしていずれは魔力が底を尽き、完全に魔力が底を尽いたとき、ヤツは再び幻想の存在となる。

…らしいのだが、全然そんな気配が見えないのはなぜだろう。

もっと強烈な一撃、ヤツの身体を根こそぎ吹っ飛ばすような一撃を与えないといけないのだろうか?

それとも何かが足りないのか…

「あ〜〜!もぉっ! このまま西部劇をやっててもラチが開かないわ!リューシーさんを起こすわよ!アルク。そこどいて。邪魔よ」

「ルクス!乱暴はよせ!」

「そんなこと言ってる場合!? コラ、起きろ!起きなさいって!!いつまで寝てんのよあんたは!!」

アルクの制止を無視してルクスがリューシーの胸倉を掴んでガクンガクンと揺する。

「いいことリューシアナッサ・アンピトリーテ!あの化けモンがアンタの言ってた『幻想種』でしょ!どうやって倒すのよ!」

「…」

「リューシーさん!あんたの言ってたこと全部信用するわ!あの『幻想種』にも何か弱点とかあるんでしょ?実はニンニクに弱いとか、十字架に弱いとか!」

「…そりゃ吸血鬼の話だろ」

「わかってるわよ!」

ヴォルフの突っ込みに逆切れするルクス。

「…びびんば〜」

『……』

「zzz…」

にっこりとした意味不明の寝言にあきれる三人。

「なんか不自然な寝方だな。これだけやって起きないってのはやっぱり身体のどこかがおかしいんじゃ…」

「起きてくれないとこっちが死にそうなのよ!」

アルクのコメントにルクスが切れる。

さっきの散弾銃で吹っ飛んだ顔の半分が治癒したキマイラがこちらに迫ってきた。

その距離、あと5メートル!

「…仕方ないわ。これだけは使いたくなかったんだけどね」

ルクスは丁寧に梱包された筒を手に取り、それから出ている導火線にマッチで火をつけた。

「うふふふ。流石にこれなら…ひぃあっ!?」

そのとき馬車に乗っていた三人の身体が右側に浮いた。

前のラクダが右折するために急ブレーキをかけたため、後ろから来る馬車がバランスを崩したのだ。

そしてルクスの手から筒状の爆発物がすっぽ抜ける。

 「あ・・・」

 「い…!」

 「うえ…!」

 

「オオオオンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― ちゅどおおおんっ!――

ルクスの手離したダイナマイトが予想もしないところで爆発した。

衝撃で馬車がふわりと浮く。

高いところから飛び降りたような気持ちの悪い浮遊感。

おまけに熱い。

と思ったら馬車の幌に引火していた。

このままでは馬車全体に火が燃え移るのは時間の問題だった。

「何考えてんだ!この馬鹿女! ダイナマイトをこんなところで使うなんて!」

怒りの形相のヴォルフ。

「大丈夫!あと1本あるわ!」

「そういう問題じゃねぇだろ!」

ヴォルフは反射的にダイナマイトを取り上げた。

「じゃあどーいう問題…きゃああっ!」

「ルクスっ!」

アルクが叫んだ。

キマイラの竜の首がルクスの着ているベルベル族のローブのフードを噛み、そのまま彼女の身体を持ち上げようとする。

「ルクスから手を離せ!」

アルクが衝動的に腰のナイフを抜き、逆手に握って竜の首に突き刺した。

竜は痛みよりも驚いたような様子で口を開きルクスを離すが、ナイフを持ったままのアルクがそのまま馬車から引きずり出される。

深く突き刺さった刃物は抜けず、アルクはそのまま振舞わされて宙を舞っていた。

「うあああっっ!?」

竜の首ががぶりを振ると刺さっていたナイフが抜けてアルクの身体が投げ出される。

地面に叩きつけられてもおかしくなかったが、幸いなことにアルクの身体が叩き付けられたのは馬車の中だった。

おまけにヴォルフがクッションになり、アルクに怪我はなかった。しかし。

「邪魔だ!どけっ!」

ショットガンを撃とうとするヴォルフだが、上に乗ったアルクが邪魔でそれもできない。

すかさずルクスがヴォルフの手からショットガンを取り上げてそのまま引き金を引く。

どたんっ!

「ああああっっ!!」

「げふっ!」

女の片腕ではとても反動を支えきれなかったのか、ルクスはそのまま二人の男の上に尻持ちをつき、一番下から小さい悲鳴。

90のヒップの下から咳き込む音が聞こえる。

「な、なんとか引き離したみたいね…」

ルクスが尻を押さえながら立ち上がる。

「ならさっさとどいてくれ」

ヴォルフは自分に乗っている二人をどかしてルクスから散弾銃を取り上げた。

 「いかん!こりゃまずいぞい!」

今度は御者ぎょしゃのヘクターが声を上げる。

 「何だ!どうした!?」

助手席に立ったヴォルフが叫んだ。

後ろからはキマイラが迫ってきて馬車を止めたら燃やされて灰になってしまう状況なのに、前でもトラブルか?

 「前が…」

 「あん?げっ…」

道路の先には露天商が一帯を市場スークにしていた。

ヘクターの言いたいことは言葉にする必要はなかった。

目の前の光景がそれを物語っているからだ。

ヘクターがヴォルフに視線を送る。

どうする?ブレーキをかけるか?

しかしヴォルフは軽く首を振りそれを無視して指示を出した。

「このまま突っ込め」

「なんじゃと!馬鹿を言うな!止まらないととんでもないことになる!」

「止まったらもっととんでもないことになる!後ろを見ろ!」

 

 

 

「アオオオオンッ!!」

すぐ後ろには血まみれのキマイラが迫っていた。

もしもブレーキをかければキマイラの火炎放射がこのボロ馬車を一瞬で焼き尽くすだろう。

「…っ!どうなっても知らんぞ!」

ヘクターは深呼吸するとラクダをそのまま突進させた。

止まる気配のない暴走馬車の存在に気付いた人々がこちらを振り向く。

「どけどけどけぃっ!!」

ヴォルフはルクスの弾帯から拝借した拳銃を発砲し、邪魔な通行人を銃声でどかせて突っ走る。

しかし、そんな短時間で露天が片付けられるはずもなく、幌馬車は全速力で突撃した。

―――がっしゃああんっ!

これ以上ないくらい迷惑な幌馬車の暴走運転に周囲の通行人からは怒号と恐怖の声が上がる。

幸い死人は出てないようだが、売り物の品物はラクダの足の下で見るも無残な姿に変えられてしまった。

ガタゴトと何かをすりつぶす感触を座席を通じて感じる。

 「…あとで街の連中に謝罪賠償を請求されてもワシは無関係じゃからな!」

 「あ、汚ぇ!自分だけ助かろうとしてやがるなっ!」

 「何を言っておる!あんな化け物がいるなんて聞いておらんわい!」

 「俺だって聞いてねぇよ!」

ヴォルフが振り向いて後ろの状況を確認する。

「――――!」

いない!

キマイラがいない。

ヴォルフが振り向くとそこにあの野獣の姿は見えなかった。

諦めたのか?

 「上だ!」

アルクが言った。

ヴォルフが上を見上げると、キマイラはとんでもない高さの空中にいた。

三角飛びで飛び上がり、地上から十数メートルの高度から背中の羽を広げてムササビのように滑空する。

 「マジかよ…!」

まるで隕石のように急降下し、ギロチンのように口を開く。

キマイラの口がオレンジの光に包まれていた。

まずい!

見上げた三人が同時に思った瞬間、天から一筋の炎の線が発射された。

 

―――ゴオオッ!!!―――

 「うおおぉっ!?」

直撃はしなかったものの炎が馬車の幌に燃え移った。

文字通り火の車だ。

ヴォルフが熱いと感じたとき、彼は自分が浮遊していることに気がついた。

目の前には地震を思わせる地響きを立てて着地した逆さまのキマイラの姿。

奇妙なことにヴォルフの見ている光景は地面が上になっている。

火が燃え移ったショックで彼は馬車から投げ出されていた。

それがさらに九十度回転し、背中に大きな衝撃がはしった。

無意識に自分から腕全体で地面を叩いて受身を取る。

一回転、二回転。

ゴロゴロと転がり埃まみれになる。

「―――― ぐぅっっっ!!!」

ぐらり、と視界が揺れる。

しかし燃える石炭を直接皮膚に押し付けられたような熱い痛みは冷酷に背中をかけめぐる。

だが苦痛を意にしている暇はない。

痺れた手足を無理やり動かして立ち上げる。

幸いなことにキマイラは姿は遠ざかっていった。

幸いなのか不幸なのかあの燃えさかる馬車は自分を置いてそのまま走り去ってしまったが、キマイラはそれを追いかけていったようである。

ずどんっ!

派手な銃声がしてキマイラが転ぶ。

誰が何を撃ったのか知らないが、ショットガンを喰らっても平気な化け物を一撃で吹き飛ばすような銃まで持っていたたとは…

あのルクスという女。

この国に来たのは人探しとか言ってたが、実際のところは戦争をしに来たのではないのか?

と、そんなことが一瞬頭をよぎり、落とした散弾銃を拾う。

――――ぎろり。

(…やばい。目が合った)

キマイラが潰れていない片方の赤い瞳でこちらを見つめている。

その崩れた顔は十年前のユニヴァーサル映画に出てきたエジプトのミイラを思わせる不気味さを感じさせた。

先ほどキマイラを一撃で昏倒させた弾丸は獅子の顔面を破壊した。

弾けとんだ眼球の奥の紅天。

血だらけの白骨の向こう側には何かが光っている。

ヴォルフは本能的にその場を駆け足で離れた。

「すまない!これを借りるぞ」

「え? なんだよ! うあっ!?」

野次馬の一人を突き飛ばし、彼の乗っていた自転車を無断で借りる。

ヴォルフはベルト付の散弾銃を背負い、元の持ち主が立ち上がる前に自転車を漕ぎはじめていた。

そのまま住宅街の狭い道に駆け込む。

どこでもいい。

なんでもいいから離されないと殺されてしまう。

ヴォルフは息弾ませながら全力疾走で漕ぎ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

―――― ヘラクレア ホテル「アポロニア」

ソフィア・パンタブルグSS大尉率いるドイチェッシュ・アーネンエルベ第一中隊は、ルクスらが夕方ソフィアの姿を目撃した場所の近くにあるホテルをこの街の活動本部にしており、彼女自身もアブドカリーマ寺院からこちらに身を移していた。

この建物はホテルと名乗っているものの、カイロのようなリゾート地のホテルとはまったくレベルが違った。

それこそ欧州の中階層の人間――たとえば自分のような―――から見れば“お粗末”に見えるボロホテルだった。

だが砂漠のど真ん中よりは遥かにマシと言える。

洗顔からトイレの用足しの処理まで砂漠の砂で行わなければならない生活よりは。

熱気に満ちた部屋の空気をかき回す扇風機が故障しているロビーで(今はそれほど暑くないが)、ソフィアは街の地図を広げてリューシー逮捕の包囲網を指揮していた。

なかなか報告が入らない苛立ちの中、突然状況が一変した。

「メデューサ通り」から細い路地を行ったところにある小さなキリスト教会が火事になり、巨大なライオンが街中を走り回っているとのことだ。

この教会はSSと共同作戦を持ち掛けた武装神父隊(ソフィアの目には僧侶というよりは傭兵・山師の類に見える)が配置の中心とした建物である。

突然の火事と巨大なライオンを聞いてソフィアは直感的に『幻想種』の可能性を思い浮かべた。

『幻想種』は一人の召喚者につき一つ、それが人間レベルの限界だ。

“半分、人間ではない”自分も例外ではない。

となれば誰かが呼び出したのだ。

それもコントロールできない程度の半端な技量の召喚者が。

ソフィアは電話の相手に事情を聞いた。

「ゲオルグ。目撃者はいるか?」

「はい。目撃者の話では火を吐くライオンが外国人の男女の乗った馬車を追いかけていたそうです。その後、彼らと銃撃戦となりそのうちの一人が街中を逃げ回っています」

「“ヤツ”はその外国人を追っているのか?」

「はい。野次馬の一人がその外国人の若い白人の男に自転車を盗まれたと言っています」

「白人…?。ゲオルグ。その男となんとか連絡を取れ。話がある」

「はっ。各員に連絡して見つけ次第通信機を渡します。しかし連絡を取ってどうするのですか?」

ゲオルグは受話器の向こう側でソフィアがニヤリと口元を浮かべるのを感じ取った。

「そいつに協力してもらうのさ。怪物退治をな」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― ヘラクレア某所

「ハァハァ!ハァハァ…!」

実際の時間経過は数分に過ぎないだろうが、ヴォルフにとっては何時間にも感じられる数分だった。

ヘラクレアは町全体が丸みを帯びた外壁に囲まれており、その中に日干し煉瓦の住居が密集している。

家と家は屋根がつながっていて町全体が迷路のようになっていた。

これは暑さを凌ぐための工夫だそうだが、移動には不便極まりない。

いつの間にか二階に上っていたり、そのまま真っ直ぐに行くと行き止まりになっていたりする。

「しまった…。迷ったか」

ここはヘラクレア某所。

必死で思考を続けようとするヴォルフは今の自分がヘラクレアのどこにいるのかわからないことに気が付いた。

あの場から逃げることで頭がいっぱいだったため、どうやら目的の南門から離れてしまったらしい。

だがまだ自分が食われるか燃やされていないところを見ると、うまく撒けたのかもしれない。

ちらりと後ろを振り向くとキマイラの姿はなかった。

しかし、代わりに二人のSS兵がこちらへ銃を向けていた。

なんということだ。この忙しいときに!

ヴォルフは小さく「シャイセ!」とはき捨てるように呟いた。

だがSS兵は銃を持ってはいるが、こちらを殺す気配はない。

その証拠に銃口は空を向いている。

「おいお前! ライオンに追われているのか?」

SS兵の一人が言った。

「ああそうだ!お前らも逃げろ!俺なんかに構ってたらあの化け物に殺されるぞ」

「俺たちの隊長がお前に話があるそうだ」

SS兵は通信機を手渡した。

すでに通じているようでSS兵は「そのまま話せ」とジェスチャーした。

「はじめまして。こちら…ハンニバル。俺に何の用です?」

ヴォルフはとっさに偽名を名乗った。

 「こちらはドイチェス・アーネンエルベ機関 第一中隊長ソフィア・パンタブルグSS大尉だハンニバル、君に頼みがある」

ソフィアの名前を出されて一瞬たじろぐ。

「君が誰だろうとどこの所属だろうとこの際は問題にしない。いいか?君がライオンの怪物に狙われていることはわかっている」

「ライオンじゃない。キマイラだ」

「キマイラ…?。ギリシャ神話の怪物だな。山羊の頭と竜の首、背中にはコウモリの羽、蛇の尻尾を持ち――――」

「火炎放射器のような炎を吐く」

「そしてそうやって逃げてるくらいだから、おそらく君や君の仲間にはヤツを倒す手段がないのだろう?違うか?」

「…そうだ。ヤツには銃が通じない。拳銃で撃っても、散弾銃でぶっ飛ばしても、ダイナマイトで…ってそれは不発だったかな。とにかくどうしていいかわからない…」

「わたしはヤツを倒せる手段を持っている。対魔力を込めた専用銃だ。しかし動き回られては当てることはできん。なんとかしてヤツの動きを止めねばらん」

「…。もしかして俺に囮になれと?」

「そうだ」

ソフィアはあっさりと答えた。

「…拒否権は?」

「なきにしもあらず。ヘル・ハンニバル、君が食い殺されている間はヤツが動きが止まる。わたしとしてはどちらでも構わない」

「…わかった。で、どうすればいい?」

「メデューサ通りの南側に古代ローマの広場(フォーラム)がある。場所はわかるか?」

「ああ。あの闘技場みたいなところだな」

「そうだ。あそこにヤツを追いつめて足止めしろ。その隙に我々がヤツを仕留める」

「簡単に言ってくれるな!だけどこっちは必死で逃げてるんだぜ!!そう上手くいくかよ!!」

ヴォルフはついムキになって怒鳴ってしまったことを激しく後悔した。

「…わたしの部下が援護する。作戦が成功しなければ犠牲者が増えるばかりだ。いいな?頼んだぞ。“ヴォルフ”」

「了解。・・・あっ」

自分が何をしたのか気付いたヴォルフは心臓が止まったかのように驚いた。

電話の向こうでソフィアがため息をついているのを感じる。

「やっぱりお前か…声が似てるからひょっとしてと思ったが…DAK(ドイツ・アフリカ軍団)のお前がこんなところで何をしている?」

「あ、いや、その…」

「それに部下二人が何者かに殴り倒されたといっていたが…それもお前だな。あの女とどういう関係だ?」

「だからその、これにはいろいろ事情が―――」

――――どおんっっ!!

それもつかの間、薄い塀が轟音とともに粉砕される。

「何の音だ!?」

「やばい…見つかった」

煙が舞い、その中から獅子の頭が姿を見せる。

 

「グルルルル…!グオオおおッッッ!!!」

 「――――ウォオオオオオっっっ!!!!」

獣の雄叫びに対抗してヴォルフも吼え返した。

意味不明な奇声を上げながらショットガンを構える。

さすがに何度も撃たれているのかキマイラもヴォルフの行動に引き下がった。

そして引き金が引かれた。

カチ、と金具が動く音がしたが、銃声はしない。

「あれ?」

もう一度ポンプを引いてから引き金を引くが反応しない。

「やばい…。逃げろっ!」

弾切れのショットガンを構えたままヴォルフは2人のSS兵に指示した。

キマイラの竜の牙がヴォルフに襲い掛かる。

すんでのところでかわすが、肩に焼けたような感覚。

包丁か何かで刻まれたような痛みがはしる。

ヴォルフは片手で傷を押さえながら自転車に乗り、加速をつけようとした。

しかし加速してそこから逃げようとする前にキマイラの竜の首はそのままヴォルフを自転車ごと弾き飛ばした。

運がいいのか悪いのか手すりの向こうに飛ばされたヴォルフは自由落下の法則に従うしかなかった。

がっしゃあああんっっっ――――!!!!

古かったのか、ヴォルフの身体が落ちてきたことで椰子の木の屋根が派手な音を立ててぶっ壊れた。

 

 

 

 

 

「――――ッッッッッ!!!!」

打ち身で全身が痛い。

上を見上げるとけっこうな高さから落ちたことがわかる。

よくあそこから落ちて無事だったものだ。

どうやら屋根になっていたヤシの葉がクッションになってくれたようだ。

ヴォルフは自分に向けられる視線を感じた。

どうやらここはマンションやアパートの廊下のような場所で、各家のドアが並んでいる。

そこの住人たちが何の音だと顔を出してきたのだ。

ヴォルフは構わずこの典型的なトンネル通路を自転車で疾走した。

危険な運転に歩いていた住人が苦情を唱えるが、その後ろから壁や屋根を削りながら走ってくるキマイラの姿を見て苦情の声は悲鳴に変わっていった。

「こんな狭い道をでっかい図体で走るんじゃねぇよ」

まるでブルドーザーのように施設を破壊しながらこちらへ向かってくるキマイラを見てヴォルフは呟いた。

キマイラは通れない幅に無理やり体を入れ、石でできた壁を破壊しながら追いかけてくる。

しかし、破壊はできてもスムーズに進むことはできないようで、ヴォルフにとってそれが唯一の救いだった。

「ここを右だな」

ヴォルフは分かれ道に書いてあった標識を見てそう判断した。

全力でペダルを踏み、原付並のスピードで走り続ける。

やがて椰子ででてきた天井がなくなり外へ出る。

目の前には古代ローマの広場(フォーラム)が立っていた。

ヴォルフは自転車を捨てて階段を上り、建物内に入っていく。

巨大な城門を駆け足で潜り抜けたとき、ヴォルフの目の前には闘技場が広がっていた。

 

 

 

 

古代ローマ時代、この場所はときには政治家たちの熱弁の場であり、ときには演劇の舞台であり、そしてときにはローマの剣闘士グラディエーターたちが死闘を繰り広げた闘技場としても使われた。

その巨大な建物は二千年の歴史を超えて現在でもその威風堂々たる趣を忘れてはいないが、あちこちが崩れたり建物の材料として持っていかれたりして客席の五分の一はまるごと存在していないような状態である。

ヴォルフは広場の中央まで行きソフィアと通信を取る。

「姉さん!言われた通り、なんとか広場フォーラムについたぞ!」

「そうか。しばらく待て」

「ちょっと!話が違う!」

「今そっちへ向かっているところだ。なんとか時間を稼げ」

「時間を稼げって…うわ、来た」

キマイラがヴォルフのあとを追って門を通ってきた。

「…はやくしてくれよ。なんだか知らないけどよ…」

ぶつぶつと祈るように独り言を呟く。

ヴォルフは腰の三日月刀ファルシオンを抜いた。

この衣装を借りてきたときに一緒に拝借してきたアラブ世界の曲刀だ。

「てめぇ…俺とやろうってのか?」

シュン、シュンと刀を振り回して威嚇する。

「後悔するぞ。ドイツ軍とやり合おうなんてな」

「グオオオンッ!!」

「…話し合いは大切ですよ?この辺でお互い手を引きませんか?」

先ほどの気迫はどこへ消えたのか、キマイラの雄叫び一つで一気に弱腰になる。

(目を逸らした瞬間にやられる……)

ファルシオンを片手に構え、鋭い眼光でキマイラを威嚇しつつも足は確実に後ろへ一歩ずつ進んでいた。

――シャアアッッ!!!

巨大な竜の首がヴォルフに向けて顎を開いた。

カキンッッ!!

ファルシオンと竜の牙が激しい金属音を立てて交差する。

「く―――!」

ヴォルフは半ばやけくそになってキマイラに斬りかかっていた。

上段から袈裟斬り。

獅子の顔面に向けて中段突き。

竜の噛み付きを察して刀を引き、遠心力をつけてその首を薙ぎ払う。

響く剣戟。

ファルシオンが金属のような鱗で弾かれ、ヴォルフは蹈鞴を踏んだ。

「―――!」

ヴォルフは皮膚に熱を感じると足を踏ん張らず、その力の方向に飛び込んだ。

次の瞬間、一瞬前にヴォルフがいた場所は灼熱の炎に包まれていた。

―――ゴオオッ!!!―――

「! 火ぃッ!?」

ヴォルフは自分の着ている服が燃えていることに気が付いた。

痛みにも似た感覚が左半身を襲う。

がぶり、と右のが何か鋭い脹脛ふらはぎのようなものに挟まれた。

「―――しまッ・・・!!!!」

キマイラの尻尾の蛇に足を引っ張られて地面に倒れこみ、ずるずると引きずられた。

どすん、とキマイラの前足がヴォルフの身体を踏みつける。

「生きたまま俺を喰う気か…!?」

「グオオオオオンッ!」

これ以上ないほどの近距離で獅子が咆哮する。

ヴォルフの体の大半の一噛みで飲み込めるような大口がそこまで迫っていた。

「…お客さま、生で喰うと腹を壊しますよ。食中毒にお気をつけてください!」

ヴォルフはバチバチと火花を散らしながら導火線が燃えている筒をキマイラの口に押し込んだ。

ルクスから取り上げたダイナマイトだ。

発破を食わせるとすかさずファルシオンを口の中に深く突き刺す。それが抜けないほどまでに。

キマイラは悲鳴を上げて仰け反り、ヴォルフはその隙にごろごろ転がって拘束を抜け出した。

そのまま両手で頭を抱えて地面に伏せる。

 

―― ちゅどおおおんっ!――

キマイラの口の中で大爆発が起きた。

爆風でヴォルフも吹き飛ばされる。

ゴミのように吹き飛んだとき、何を叫んでいたのか本人にもわからない。

痛みを通り越して全身が麻痺している。

噛み付かれた箇所は火傷で出血が止まっていた。

なんとか立ち上がり、焼ける服を脱ぎ捨ててワイシャツにサスペンダーズボンという格好になる。

野獣が焼ける臭い。

さすがのキマイラも内部から発破で吹き飛ばされれば無事ではすまなかったようだ。

キマイラの焼却を確信したヴォルフはその場に座り込んだ。

「……………疲〜〜〜れた……」

やった。

ついにあの化け物を倒したぞ。

そう安心して一気に気が抜けると全身に力も入らなくなってくる。

「はぁはぁ・・・もう動けねぇ…限界だ」

肩で息をしながらほっとするとヴォルフはおかしくなったように笑い出した。

「グルルルル…」

「!・・・まさか」

ヴォルフは野獣のような声を聞いてはっとそっちの方を向く。

燃え盛る炎から何かが出てくる。

「そんな…」

ヴォルフの顔に絶望がはっきりと浮かび上がる。

キマイラだ。

顔の半分、いや体の七割以上を失いながらもそいつは生きていた。

生きているとは語弊がある。

そいつは死んでいなかったのだ。

前足と後ろ足を一本ずつ失い、はらわたからはみ出している内臓を引きずり、竜の首は根元からなくなっている。

コウモリの羽は今も炎に包まれ、まさに血まみれの状態だ。

ヴォルフは立ち上がろうとするが体が言うことを聞かない。

必死で体を引きずって離れようとする。

やがて瀕死の獅子がヴォルフに追いついた。

もう何もできない。

「……シャイセっ!」

口癖の悪態をつき、ヴォルフは覚悟を決めて瞳を閉じようとした。

―――ズドンっ!!!

そのとき何か巨大な何かが物凄い勢いで飛んできた。

それはキマイラの存在自体を吹き飛ばす。

吹き飛んだキマイラは、いやキマイラだったソレはやがて粉になり、風に運ばれて消えていった。

それを見て今度こそ本当に幻想種が幻想に戻ったと確信する。

ヴォルフは何かが飛んできた方向を見ると、数十メートルか先に四角いシルエットが見える。

あれは――――――戦車!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 「命中。目標は消滅した。見事だマックス」

 「当然ですよ大尉。ボクは射撃の天才ですから」

 「Ach so(あっ、そう). トロイ、このまま前進しろ。あの阿呆を事情聴取せねばならん」

車長は砲手マックスの言葉を適当受け流して(相手にしてなかったともいう)操縦手トロイに指示を出した。

 

 

 

 

「…どこが専用「銃」だよ。ありゃあ大砲じゃねぇか…」

ヴォルフが見た先にはドイツ軍の三号戦車がこちらに砲塔を向けていた。

上部ハッチから顔を出しているあの女性。

あれは知っている。

ここにキマイラをおびき寄せろと命じた本人だ。

たしか「我々が仕留める」と言っていたはずだが…

「……来るのが遅いぜソフィア姉さん。そうやって時間にルーズだからいっつも男に振られるんだよ」

ヴォルフは「ふー」と深く深呼吸すると苦々しく呟いた。


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