疾風怒濤!!
strum und drang!!

 

「驚いたわね。この建物の地下にこんな道があるなんて」

ルクスは感心したような声を上げた。

あの巨大な竜が突っ込んでできた壁の大穴。

そこへ言われるままに入っていったが、その先はあらかじめ計算されたように通路へと出た。

階段を下りると地下道に続く。

駆け足のままリューシーが解説する。

「ここはローマ時代に作られた地下水道の通路です。大昔はオアシスから水を引いていたそうですが、湖が枯れた今ではただの廃墟となってます」

「ランプに明かりがついてるけど?」

「まあ、いわゆる逃走経路というわけです」

「…てことは何? あんた、ナチスが来るって知ってたの?」

「いいえ」

「知らなかった割には準備万端じゃない」

「このために準備したんじゃないんですけどね」

「はい?」

ルクスが首を傾げる。

「まあどっちでも大差ないからいいですけど」

「どっちでも?」

「こっちの話です。はい」

にこやかな顔で質問をかわすリューシー。

「ここを曲がれば外に出れます。と、その前に」

リューシーは用意してあった木箱を開ける。

その中には青色のローブが入っていた。

慣れた手付きで着替えを始める。

「お待たせしました」

「…ホント。準備がいいことで」

「ええ。さっきの格好では目立ちますし走りにくい。それと、はいこれ」

ベルベル族の民族衣装であるブラウンのローブを差し出す。

「…これを着ろと?」

リューシーは「もちろん」と頷く。

「なんで?」

「なんでって…こんな砂漠の街で白人の女がそんな格好してたら目立ちまくりますよ。こんなこともあろうかともう一着用意しておいてよかった」

(なーんかどっかで見たことあるような服ね…)

ルクスがローブを着ている間にリューシーがハシゴを昇る。

フタ代わりに置いてあった空のつぼを退かすとアブド・カリーマ寺院の裏に出た。

 「へぇ。さっき建物の裏に出るんだ・・・って、どうしたの?」

ルクスが穴から顔を出すと、リューシーが両手をあげていた。

視線の先には、銃剣が取り付けられた小銃を構えたSS兵が2名。

かなりピリピリしているようで、引き金に指がかかっている。

「動くな。怪しいヤツめ」

 

「怪しくなんてありませんよ。兵隊さん。善良な一般市民が夜の散歩をするのがそんなに悪いことなのですか?」

 

「黙れ。そこで隠れているヤツも出て来い」

あちゃ〜、と舌打ちするルクス。

しぶしぶ外へ出る。

「こんな街に白人の女とは珍しいな」

「こいつらじゃないのか。寺院を爆破した犯人というのは」

「ああ。犯人は若い女だそうだからな」

「聞いていたのと格好が違うぞ」

「連れて行けばいいさ。違ったら釈放すればいい」

SS兵がひそひそと相談する。

「おいお前たち。俺たちに付くいてきてもらおうか」

 「あらやだ。あたしたちは高いわよ?」

自分なりに妖艶な笑みを浮かべるルクス。

ここは誤魔化しの一手である。

「売春婦か。どうりで下品な顔をしている」

「まったくだ」

 「だ、誰が下品よ…!!」

 「まあまあ」

暴れるルクスを押さえるリューシー。

その様子を白い目で見る2名のSS兵。

 「とりあえずその物騒なモノを下ろして話し合いましょう。銃を持ったままでは握手もできません」

「しゃべるなッ!手も下げるな!」

「人類皆兄弟。話せばわかります。さぁ、一緒に祈りましょう。ただ、心を強くもって、魂の底から祈るのです。胸の前でTの字を切り、聖句を唱えるだけで、貴方は救われます。オブイェークト」

「???」

リューシーが言葉を発するたびにSS兵の疑惑じみた視線は確信めいたものになっていった。

困ったことに隣のルクスも似たような視線を送っている。

 「いいんですか? あなたたち。私たちに酷いことすると神の怒りに触れてしまいますよ。ホントですよ。嘘じゃないですよ。ぷんぷん怒っちゃいますよ」

「ならばいますぐ天罰を与えてみろ!」

「なんと罰当たりな。いいでしょう。後悔しても知りませんよ。とぉっ!」

間の抜けた声と同時に右手の手のひらを相手に差し向ける。

「……」

しかしなにもおこらなかった。

「…終わりか?」

 「ええ。おやすみなさい

リューシーは合わせた両手を枕のようにして首をかしげると笑顔を浮かべて答える。

バリンッ!!

瀬戸物が割れたような音がし、SS兵が前に倒れる。

とっさにもう一人が後ろを振り向く。

「! 貴様、うぐっ!」

砂をかけられ反射的に顔を逸らすが、一瞬のうちに強烈な右ストレートが飛んできて彼の顎を捉えた。

 「悪いな。ちっと眠っててくれや」

そこには顔を覆う青いフードで目元以外を隠した不審な男が立っていた。

トアレグ族の特徴である青い服を着ており、男は下半分が粉々になったつぼを捨てて、砂埃で汚れた手をパンパンと叩く。

 「GJグッジョブですヴォルフさん。」

親指をぐっ、と立てるリューシー。

 「…ふぅ」

相対的にちょっと凹むヴォルフと呼ばれた男。

顔を見られたくないからこそ、わざわざ劇で使う衣装を“黙って借りた”のに、即行でばれてしまった。

ため息を吐きながらベールを取って顔を見せる。

 「……一応、変装しているつもりなんだけどな…」

 「ヴォルフ?あ、ホントだ。あんたそんな格好で何やってんの?」

 「リューシーさんを助けに来たんだよ。お前がいたのは計算違いだったが。おい、アルクと爺さんはどうしたんだ?」

 「知らないわ。あたしが勝手に首突っ込んだだけだし」

 「だろうな。そんな顔をしてる」

 「どーいう顔よっ!」

 「とにかくこの街を離れることだ。ソフィア姉さんは陰湿で、執念深くて、敵に回したら最後のような女だから、きっと君を見つけるまでこの街から離れないだろう」

 「まぁ、怖いわー…たぶんそーじゃないかなーって思ってたんですけど、やっぱりそーなんですねー(棒読み)」

 「ソフィア姉さん? あんたあのナチスの人の知り合い?」

 「そうだ。もっとも最後に話したのはかなり前だが」

 「ははーん。それで知り合いに顔を見られたくないもんだからそんな格好してるのね」

 「そういうこった」

 「でも知り合いがみれば一発でばれるわよ。白いしIt's white

 「ぐ……」

かなり傷つく一言である。

実際、まだ出会って2日のリューシーにばれてしまったのだ。

 「それよりお前がなんでここにいる。リューシーさんも。どうやってあの状況から抜け出したんだ?俺はてっきり連行されてると思って、だからこうして変装して――――」

 「まぁ、そこまでわたしにお熱だったのですねヴォルフさん。でもダメですよ。こーいうのはちゃんと筋道立てないと。わたしだって真剣な告白ならOKしちゃうかもしれませんですし。きゃっ、はずかし

 「…一体何を言っているんだ君は?」

 「わかってます。言わなくても・・・。あ、でもホントは言葉にして欲しかったり。うふふふ

 「…」

ヴォルフにはどうもこの女の思考回路が理解できなかった。

天然なのか、それとも演技なのか。

少なくとも普通ではないことは確かである。

 「おい。お前は何をしとるんだ」

 「ん? ちょいと物色をね」

ヴォルフがもう一方の女、ルクスを見ると彼女は倒れたSS兵が持っていた小銃を取り上げていた。

慣れた手付きでウェストベルトに付いている盒子ごうし(フタのある器の総称)をあさり、5発の実包がセットされているクリップを取り出す。

弾が入っていることを確認するとその盒子ごうしごと頂いておく。

「…随分手馴れてるな」

「そう?もらえるもんはもらっておくのがあたしの主義なのよね」

誰もくれるとは言ってなかったりする。

 「ちっ。ルガーは持ってないのか。しけてるわね」

ルクスが残念そうに舌打ちした。

ルガーとは第一次大戦でドイツ兵が使った拳銃で、塹壕での接近戦の活躍から連合軍兵士の御土産として人気の高かった銃である。

どうやらこのヤンキー娘もそれと同類のようだ。

やっていることは追い剥ぎ以外の何物でもないが、ヴォルフはあえて何も言わないことにした。

とりあえずこの場にいるのはまずいということでさっさと立ち去ることにした。

「さて、これからどうするかだが…」

話を切り出したのはヴォルフだった。

真っ先に立ち去ろうと提案したが、不慣れなこの街にあてもない。

リューシーの顔を見るも、彼女もどこにしようかと悩んでいるようだ。

「とりあえず町のはずれのキリスト教会に行きましょう」

ルクスが言った。

「なぜだ?」

「アルクがいるから。迷子になったときはそこに集まることにしといたの。たぶん荷物も一緒に持ってきてくれるんじゃないかしら。さあ、ちゃっちゃと行くわよ」

服の中にライフルを隠すルクス。ただしすぐに取り出せるようにしておく。

 「言っとくが絶対に相手を殺すなよ。連中の目的はリューシーさんの逮捕だ。だからこっちが殺さなければ向こうも殺さない」

 「わかってるわよ。これは護身用よ。護身用。脅すくらいには役立つでしょう」

 「…わかったよ。だが、できれば使わずにすませたい。SSを殺してしまったら話し合いじゃ解決できなくなる。わかるな?」

 「Aye aye, sir(アイアイサー)☆」

 (……)

なぜか海軍式に答えるルクス。

3人はさっそく目的地に向かって歩き出した。

幸い、外国人であるSS兵達はこの街の地理に不慣れなのか、リューシーの案内する裏道にはほとんど見張りがいなかった。

しばらくすると安心してしゃべる余裕も出てくる。

 「ねぇリューシーさん。バハムートとか言ってたけど、あの化け物は何?」

 「化け物? 何のことだ?」

 「あんたは見てなかったの?」

 「知らん。俺はあのハリボテの中からSSが出てきたあたりまでしか見てない」

ルクスは先ほどから気になっていたことを聞くことにした。

あの巨大な化け物は明らかにリューシーの知り合いだ。

そうでなければあんなにタイミング良く逃げ出せるわけがない。

問題はあれが何なのかということである。

象が突っ込んできたとも考えたが、あの姿形はどうみても象ではない。

少なくとも動物園で見られるようなまともな動物ではない。

いくらここがアフリカだと言ったって、あのような生き物がいれば名前くらい聞いたことがあるはずである。

しかし、リューシーの返事はルクスが望んでいたようなものではなかった。

 「だからバハムートですって」

 「それじゃわからないわよ!」

 「知らなくてもいいですよ別に」

 「いーえ! こうして巻き込まれた以上、あたしには知る権利があるわ!」

 「ありませんよ。巻き込まれたんじゃなくて、自分から首を突っ込んだんじゃないですか」

 「…ぅ」

 「でも感謝してます。本当の友人というのは窮地に立ったときに身を省みずに助けてくれる人のことです。ルクスさん、あなたとはいい友達になれそうだ」

 「え? あ、あはは。そー言われると照れちゃうわね」

 「でもこれはこれ。それはそれ。ルクスさんには関係ありません」

 「ちょっと待てよおい!」

 「ルクスさん…あまりわたしを困らせないでください。わたしと一緒にいれば追われる身になるんですよ。牛のところに帰ってください。ここでお別れです」

 「牛って言うなっ! いや、問題はそこじゃなくて、答えは「No(ノー)」よ! シレナの遺跡とパパの場所を教えてもらうためにあたしはアフリカに来たんだから! 教えてもらうまで離れるつもりはないわ」

 「だから何が起きたんだよ!俺を無視しないでくれ」

三人が三人とも自分のペースで話すのでまったく会話がかみ合っていない。

 「…わかりました」

会話を打ち切ったのはリューシーだった。

妙に真面目な顔をして言葉を続ける。

 「ルクスさん。バハムートというのはアラビア語読みです。ヘブライ語ではベヘモスと言います」

 「ベヘモス? 旧約聖書に出てくる怪物の名前ね。でもそれは架空の生物でしょ」

 「“架空”の生物ではありません。“過去”の生物です。いえ、厳密に言えば生物であって生物ではない…」

 「???」

 「生物とは生きるもの。ヴォルフさん。“生きる”とは何でしょうか?」

 「むぅ。いきなり哲学的な質問だな」

 「生きているというのは「この世」にいるということ。死ぬというのは「あの世」にいくこと。

通常、生物はこの二つの世界を「誕生」と「死」によって行き来します。ブッダの教えでは輪廻転生りんねてんしょう『』と呼ばれている考え方です。

しかし「この世」と「あの世」は元々は一つの世界でした。

現在では「神話」とされている時代です。

わたしが召喚した、つまり向こうの世界から呼び出したバハムートはその神話の時代に生きていた生物なんです。

だから彼らには死はない。

この世とあの世の区別がない彼らは最初から死んでいる存在なのですから」

 「…」

 「? ヴォルフさん。どうしました?」

 「…そんな話を信じろというのか?」

 「信じなくてもいいですよ。信じられないのが普通ですから」

はじめから期待してなかったのか、リューシーの顔にはまったく落胆した様子は見られなった。

 

 

 

 

 

―――アブド・カリーマ寺院 正面入り口

 「―――召喚、ですか…?」

 「・・・。まぁ信じられない話だから話半分に聞いとけ。

ぶっちゃげた話、わたしやあの女は俗に言う「魔法使い」の類に当たる」

「魔法使い…」

「…やっぱ言うのやめよう。お前の視線が痛い」

「あ、いえっ。申し訳ありません!」

ソフィアは「ふぅ」とため息をついた。

「魔法使いと言っても、カボチャを馬車に変える類のものとはちょっと違う。

魔法とは神々の力を借りてその力を使える能力のことだ。それにはまず神々を呼び出すことが前提となり、これを「召喚」と呼ぶ。
何をするにも召喚ができなければ話にならんわけだ」

「それは…」

どうやって行うのですか?とゲオルグが続ける前にソフィアが言葉を遮った。

「人間には無理だ。物理的に考えてそんなことができるわけがないだろ。それができるのは悪魔か、それに類するものだけだ。
だから大抵の場合、ただのオカルトマニアの儀式で終わってしまう」

ゲオルグはソフィアの言っていることがよくわからなかった。

人間には不可能な魔法。

それを扱えるのは人間ではない悪魔かそれに類するもの。

しかし彼は見た。

巨大な竜を操る褐色の少女と、それに挑み単独で退治した金髪の女を。

ならば彼女らは人間ではない、ということになる。

「その通りだ。だから言ったろ。わたしは人間じゃないと」

「―――!」

その言葉にゲオルグは心臓を握られたようなショックを受けた。

「はは。安心しろ。わたしに読心術は使えない。あーいう光景を見たヤツはたいてい同じリアクションをするからそう思っただけだ」

「・・・」

どこまで本気だろうか。

ソフィアが自分の心を読んでいるような気がしてならない。

「――そして呼び出した神々や魔獣、これを「幻想種」と呼ぶ。「幻想種」というのは文字通り、幻想の中で生きている種族だ。
神々といっているが、厳密にはそうではない連中も多くいるのだよ。たとえばわたしが召喚した「バルムンク」は神ではなく神具だ」

ソフィアは腰のパイレーツセイバーを抜刀した。

さっき見たとおり、刃こぼれ一つない。

新品同様である。

「「バルムンク」は「北欧神話」の英雄ジークフリートが使っていたとされる魔剣で、わたしが召喚できる唯一の「幻想種」だ」。
召喚するためには「幻想種」が宿るための「触媒」が必要だ。わたしの場合はルーン文字を掘り込んだ剣を使っている」

ソフィアはルーン文字を見せた。

そこには自分も着ている武装SSの軍服の襟に描かれている稲妻のマークに似た文字があった。

「大尉が何を召喚したのかはわかりました。ではあのナオミ・フェルナンデスという少女が呼び出したのは…」

「あの化け物か・・・。さてさてわたしと同じ「北欧神話」か。もしくは「エジプト神話」か「ギリシャ神話」か。いずれにしろ、どこかの神話の竜を呼び出したのだろう。なんの竜かまではわからんがな」

「わからないのですか?」

ソフィアの言葉にゲオルグは少々気が抜けた。

ここまで来ておいてその答えはないだろう。

 「わからん。というのも「幻想種」の姿は召喚者のイメージで決まるからだ。
あの女が呼び出したのが何なのかはわからんが、ティラノサウルスを原型にしたドラゴンだったんだろう。わたしの「バルムンク」がツヴァイハンダーの姿をしているのと同じ理由だ。
呼び出した「幻想種」の能力は元の神話にヒントがあることが多い。逆に能力さえわかってしまえば何の「幻想種」を召喚したかわかるものだ。
だが、どうやらあの女は幻想種の力を開放しきれなかったようだ。だから何の「幻想種」を召喚したのかわからなかった」

「彼女は召喚に失敗したのですか?」

「いや。失敗ではない。逆だ。あの女が持っていた帯を覚えているか?あれはアレスの魔力を帯びていてると言われている」

「アレス?」

「「ギリシャ神話」の神でな。敵の死体を剥いで寝床に敷くヤツだ」

「…」

「帯の持ち主は軍神アレスの魔力で「幻想種」を自由に操ることができる。そもそも「幻想種」というものは人間の意志で完全に操れるものではない。
特に「幻想種」の中でも気性の荒い「竜族」ならば人間の言うことなど聞きやしない。ゆえに強大な力を振るうことができるが、それを無理やり押さえつけるのだ。能力も下がる」

ソフィアは話を続ける。

「そして召喚者の精神には多大な負担がかかる。日に何度も行えるようなものではない。ましてや召喚中の「幻想種」を消されたらその負債は召喚するときの比ではない。どんなに屈強な精神力を持っていてもまず意識を断たれる」

「では・・・」

「そういうことだ。今ならさっきみたいなことは起きないということだ」

金髪の武装SSはにやりと笑った。

 

 

 

 

―――アブド・カリーマ寺院 裏口近辺

 「んじゃ何? そのナチスが狙っているロンギヌスの槍は「幻想種」の一種なワケ?」

 「槍自体はただの金属の塊ですよ。

問題なのは槍に封印された「幻想種」の力。

それを開放すれば世界を制することができる」

 「そんなんで世界征服ができればドイツ軍が砂漠をドンパチする必要もなくなるわな」

皮肉気味た笑顔のヴォルフ。

 「ロンギウスの槍、聖なる槍、聖杯の槍。アーサー王伝説ではいろいろな呼び方をされ、多くの英雄・権力者がそれを捜し求めました。ただ・・・」

 「ただ?」

 「世界中に何本もあるんですよその槍は。探すたびに見つかっているんです」

 「偽者でしょ」

ルクスが即答した。

 「そうですね。全部偽者でしょう」

そしてリューシーもあっさりと頷く。

 「ちょっと待った。じゃあ今回のも偽者じゃないのか?それっぽいのを」

 「さあ…?実はまだそれがあるかどうかもよくわかってないんです。何せ掘り出す前にクラーク先生はどこかに雲隠れしちゃいましたし」

 「…そんなワケのわからんもののためにこれだけの人員を割いてるのか…」

 「ほら。だってドイツだから」

 「…それ説明になってないってリューシーさん」

 「リューシーさん。その槍が偽者の可能性が高いならなんでナチスに協力しないの?必要な情報だけ渡せばわざわざ逃げ回る必要もないでしょうに」

 「何を言っているんやがりますですかルの字! 考古学上の大発見をみすみす他所に持ってかれるなんて…! 

わたしも考古学者のはしくれ。歴史に名前が残るかもしれないのにそのチャンスを捨てるなんてとてもできませんっ!」

 「ま、たしかに気持ちはわかるわ」

 「でしょう。あなたがわたしの立場だったら同じことをするはずです」

リューシーはなにやら必死に説明する。

だが、その真剣な眼差しがやけに胡散臭く見えるのはなぜだろうか?

たしかに自分がこの手の遺跡を発掘したら、何が何でも博物館のコレクションに持ち帰るだろう。

しかしルクスはリューシーに対して疑問があった。

自分のような“濃い”趣味をしている人間同士は、お互いの体からにじみ出るオーラを感じることができる。

そして「同類」を識別する能力は一種のテレパシーに近い。

とルクスは確信していた。

その第六の感覚が反応しない。

つまり、リューシーの情熱は偽者である可能性が高いのだ。

この女は何を考えているのか。

自分に敵意を持っていないのはわかる。

何度も手紙でやり取りしたことはあるし、好意すら感じる。

だが、いや、だからこそ巻き込みたくない事情があるかもしれない。

おそらく今は答えてくれないだろう。

しかしこちらとしても、米国からはるばるこんな砂漠まで来て何もせずに帰るなんてのはごめんだ。

ナチスを敵に回す“程度”のトラブルで手を引くわけにはいかない。

「……。まぁ、いいわ。今は何も聞かないけど、そのうち聞き出してあげる」

というわけで妥協案である。

「それにしてもバハムートとやらが暴れてる割りにはあんまり大きな騒ぎになってないわね。ひょっとしてもう暴れてないのかしら?」

 「バハムートねぇ…ホントにそんなもんが存在す…リューシーさん?」

ヴォルフがふっ、とリューシーの顔色を見た。

がくがくと震えるリューシーの額に珠のような汗が浮かぶ。

 「…平気ですよ」

がくん、とヒザを落とす。

呼吸も荒く、目に見えて疲労の色が濃い。

「……ちょっと疲れただけで、少し休めば…」

ばたん。

そこまで言うと、ネジが切れたゼンマイ人形のように倒れこむ。

 「リューシーさん!リューシーさん!しっかりしろ!どうしたんだ!」

「どうしちゃったのよ!?ねぇ!ねぇってば! ヴォルフ!リューシーさんはどうなったの!」

「…気を失ったみたいだ。原因はわからないが…」

「…しゃーないわね。ヴォルフ、あんたがリューシーさんを担ぎなさい」

「…俺が?」

「こんなところにおいておくワケにもいかないでしょうが」

「そりゃそうだが…」

ちらり、とリューシーの身体を見る。

この少女のどこを掴めばいいのだろうか。

とりあえず上体を起こして見る。

(―――柔らかい…)

手に取った感触。

握れば壊れてしまいそうな柔らかい肌。

体温が伝わり、心臓の鼓動が肌ごしに伝わる。 

 「―――――」

 「……」

 「……」

ヴォルフはルクスの視線を感じてハッ、と振り返る。

案の定、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべるルクスの顔があった。

 「ほほほ。ごめんなさいね〜。せっかくいいところなのに邪魔しちゃって」

 「おい。何を言っている。俺はただリューシーさんを担いでいるだけで…」

 「はいはい。んじゃいきましょうか。うらやましーわねー。あたしにもそーやって大切に想ってくれる男(ひと)がいればねー」

 「だから違うっつーに……」

 

 

 

 

 

―――アブド・カリーマ寺院 正面入り口

 「何? 他に仲間がいただと?」

先ほどヴォルフに殴られた兵士の報告を聞いたソフィアが険しい顔をする。

「はい大尉殿。突然後ろから殴られて…街の南の方角へ逃げました。」

「そうか。わかった。下がってよろしい」

「は…」

ズキズキと痛む頭を押さえながら兵士が答える。

「ゲオルグ。南からヘラクレアを出るにはどうすればいい?」

「街は入り組んでいてまるで迷路ですが、最終的に道は2つ。こことここです。こっちには武装SSが。こっちには武装神父隊が配備されてます」

ゲオルグ・クリストファ軍曹がヘラクレアの地図を指さしながら状況を説明する。

「この建物は? 武装神父隊はこの建物が中心となって配備されているようだが」

「それはカトリックの教会です。スペイン人が建てた」

「…スペイン人。一体、いつの話だ?」

「16世紀くらいだという話ですが」

「…まあいい。他の地区の連中も南に回せ」

「わかりました」

「よし。では村長を呼べ。確認したいことがいくつかある」

「それは出来ません大尉。村長はさきほどの“テロリストの攻撃”で失神しました」

「巻き添えを食らったのか?」

 「いえそれが…」

 「どうした」

 「寺院を破壊されたショックで……どうも院長も兼ねていたそうです」

 「…」

「呼んだりしたら協力しないと言い出しかねません。放っておいたほうがいいのでは?」

「そうだな。なら警察署長を呼べ。賞金首に2人追加だ」

「はっ」

「まったく……どこのバカだ。わたしの仕事を邪魔するのは…」

ソフィアはいらついた声で小さく怒鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヘラクレア 郊外

「まいったわ。あたしたちを探している連中がそこら中にウヨウヨいる。これじゃ身動きも取れないわ。しばらく待つしかないわね」

建物の影に隠れたルクスが苦々しく言った。

「リューシーさんは?」

「まだ起きない、ん?」

「ぅぅ…」

「起きたの?」

「……か、き」

「き?」

「キムチ!」

「「キムチ!?」」

「うふふ、zzz……」

いい笑顔で笑い出し、再び沈黙に戻る。

「…」

「…」

「ねぇ!」

「な、なんだ!」

「キムチって何!?」

「むぅ…たしかナチス豆を発酵させて作るヤーパン族の民族料理だったような」

残念ながらそれは納豆である。

「ヤーパンって…。ったくこの尼は一体何の夢を見ているのよ」

髪をかきむしり悪態をつく。

 「こら!起きろ!起きなさい!」

胸倉を掴んで揺さぶるもまったく返事が来ない。

「起きろ!起きろって言ってんでしょうがっ!」

「しっ!静かにしろ!誰か来る」

コツン、コツンと石作りの道を歩く音が聞こえる。

荷物を担いだロバを連れた女性のようだが、声ははっきり聞こえない。

もしかしら自分たちを探しているのかもしれない。

 

「クララ、これを届ければ今日は上がりです。さあもっと早く歩きますよ」

ルクスがひょっこりと顔を出して覗く。

女性というより少女といった年齢で、ようするに子供ガキだ。

一人は西洋人、それも白人の少女で、もう一人は東洋人のようだ。

だが、旅行者や何かの仕事で砂漠に飛ばされた親の子供には見えない。

薄汚ごれたローブを着たほつれ髪の少女たちは、まるで乞食か物乞いのようだ。

 「うー。終わりなのはうれしいけど残念だね。もうこの時間じゃ劇は終わっちゃってるよ、きっと。いつも働いてばかりだからたまにはそーいうのを見たかったのに…この街は娯楽が少ないから。はぁ…なんでボクたち、こんなところにいるんだろ。先月まで吹奏楽の大会でイタリアにいたのに、地中海の海賊パイレーツ・オブ・メディタレニアンに誘拐されて。せっかく逃げられたと思ったら砂漠で迷子になっちゃって…今はこんな時間まで仕事か、ふぅ…」

 「何を言うのですクララ・パンタブルグ。もっと前向きに考えないと辛いだけですよ。こういうときだからこそ残業代を稼ぐチャンスというもの。私たちのような女子供が平日に働いても、稼ぎなどはたかがしれています」

 「そんなにお金に困ってるならなんでリューシーさんの申し出を断ったの? せっかく旅費を出してくれるっていうのに」

 「…。クララ。あなたは乞食ですか? 物乞いですか?」

 「はえ?」

 「いいですかクララ。我々は乞食ではありません。

言葉の通じない異国の砂漠の奥地で無一文なだけです。

我々には何もない。ですが決して誇りだけはなくしていけないのです。

ボロは着ていても心は錦。武士は喰わねど高楊枝。

こうして仕事を紹介してもらっただけでも十分ではないですか。

さあさっさと帰って寝ますよ。明日も仕事です」

 「あとで返せばいいじゃないの…ムラサキちゃんは真面目なんだから」

しばらく待って出口に近い方のルクスが二人の姿が見えなくなるのを確認する。

「行ったみたいよ」

「そうか」

「でも珍しいわね。この街に白人の女の子なんて。ん?どったの?」

「お前、自分の言っていることが…いや、なんでもない」

「?」

どうやらルクスの中では自分は「白人の少女」には該当しないことになっているようだった。

「今がチャンスね」

ルクスたちは周りに人通りが消えたことを確認しながら着実に目的の場所に近づいていった。

やがて天辺に十字架が飾られた建物が見える。

アルクとの集合場所の教会である。

「…ホント、この街の連中はあんまり宗教にはこだわらんのかもしれんな。なまじいろんなモンがたくさんあるから」

イスラム圏にしては寛容な土地だと思っていたが、まさかキリスト教の教会までそのままの形で残っているとは思わなかった。

見たところ相当古い建物だから、さっきの寺院と同じで何かの文化遺産扱いされているのかもしれない。

「はやく入りましょう」

「ここには誰かいるんじゃないのか? 見つかったらきっと通報されるぞ」

「そんときはこいつで黙らせるのよ」

ルクスは服の下に隠してあったライフルを取り出した。

「…教会にライフルを持ち込むとは罰が当たるかもしれんな」

「大丈夫。今は戦争中だから神様も忙しくて小さいことには構ってられないわよ」

「そーいう問題じゃないような…」

まったく悪びれた様子もなく、ルクスはドアを開けて中へ入っていった。

 

だが、中にはあの青年の姿はなかった。

「アルクー! アルク・フェルナンデスー!」

ルクスが名前を呼ぶが返事がない

「場所を間違えたんじゃないか?」

「まさか。ここよ間違いないわ」

「ならまだ来てないなんだろ」

「あたしたちみたいに隠れる必要がないのに? どう考えたって先に着いているわよ」

「あら。こんな時間にお客様?」

「!」

謎の声にルクスが慌てて銃口を向ける。

 

 

声の主は女だった。

おそらく20代半ばくらい。

ルクスやヴォルフより年上に見える。

そのシスターは何が楽しいのか口元に笑みを浮かべ、ライフルを構えた不法侵入者に何の恐れも抱いていないようだ。

「シスター。俺たちは強盗をしに来たわけじゃない。ただここで時間を潰させてもらいたいだけだ。しばらくいさせてくれれば何も危害は加えない」

「銃を向けてる人の言葉を信じろというの?」

「そういうあんたは全然おびえてないわね」

「ふふ、そう見える?」

シスターはくすりと笑う。

 「あなたたち、噂の強盗団でしょ? 銃なんて使ったら人が集まってきて逃げられなくなるわよ」

 「ご、強盗団!? 誰がだ!」

 「あはは。自覚がないなんて、こりゃかなりの悪党ね」

 「どういう意味よ」

 「本当の悪党はね。自分が悪党なんて思ってないものなのよ。手配書が回ってきてるわよ。強盗殺人の凶悪犯がヘラクレアに潜伏中。生け捕りにしたら…わお、凄い金額。あなたたちを突き出せば数ヶ月は喰っていけるわね。あなたたちをこのまま突き出せば賞金がもらえるわ」

「シスター。俺たちは何も悪いことなんてしてない。頼む。ちょっとの間だけここに居させてくれ。すぐに出て行くから」

「犯罪者を匿うことは犯罪なのよ。それに賞金がもらえればそのお金で貧しい人たちにパンをあげられる。そっちの方が有益な話じゃなくて?」

「なら話は簡単ね!」

ルクスはライフルを構える。

「ルクス!よせ!」

「あんたは黙ってなさい。いい? 交渉ってのはね、ハンマーを持ってやるもんなの。こっちの立場が上だってことをわからせないと全然話が進まないわ」

 「あらあら。そんなことをしたらここにいるってすぐにばれちゃうわよ?」

「それがどうしたってのよ。なんとでもなるわ」

血走った目のルクスは今にも発砲しそうな血相を浮かべていた。

だがそれでもシスターは余裕の笑顔を崩さない。

シスターはヴォルフに視線を向け、

「あなた、名前は?」

「俺か?俺は…」

「大丈夫。通報なんてしないわよ。正直に教えてくれたらね」

「……ヴォルフ。ヴォルフ・フォン・シュナイダー」

ヴォルフ、ね。 ねー、狼さん。赤頭巾からのお願い。あなたが担いでいる女…ナオミ・フェルナンデスをこちらに渡してくれたらあなたたちを見逃してあげるわ」

「ナオミ?」

「そう。あたしが受けた命令はナオミ・フェルナンデスを捕まえること。死んでいようが生きてようがかまわない」

「いや、そうじゃなくてこの人は別人だ。リューシアナッサ・アンピトリーテ」

「リューシアナッサ?」

シスターは首をかしげると、ヴォルフが担いでいるリューシーの顔をまじまじと見る。

人の気も知らずにグーグーと寝ている。

「いえ、この娘はナオミよ。あ、そっか。今度はリューシアナッサって名乗っているのね。ま、名前なんてどうでもいいわ。この娘を渡して頂戴。その代わりあなたたちはここにいてもいいわ」

「なぜリューシーさんが必要なんだ?」

「それはあなたには関係ないわ。この娘はあたしたちの関係者で、込み合った事情があるのよ」

「ならこっちにも事情がある。その娘は俺の命の恩人でね。その娘を助けたばっかりに俺はもう軍に戻れないかもしれない。いまさら彼女を見捨てる気にはなれない。それこそ俺のやったことの意味がなくなっちまう」

「でも顔は見られてないんじゃない? 手配書にはあなたの容貌さえ描いてないわ」

「…とにかく、俺はリューシーさんを渡さない。そしてここにも居させてもらう」

「……結局、話が最初に戻っちゃったじゃないの。こーいうときに話し合いが役に立つわけないでしょ」

「…そうだな。南部の貧乏白人の言葉が正しかった」

「テキサスを馬鹿にしないでよ!」

「どうしても嫌だって言うの?」

 「あっかんべろべろ。べっかんべー。意地でも嫌よ」

シスターの言葉にルクスが低レベルな「No」のサインを送る。

「ふっ、バカな男ね。せっかく助けてあげようと思ったのに。仕方ないわ、あなたたちにはあたしのペットの餌をやってもらおうかしら」

「餌をやる?どういうことだ」

「こういうことよ」

パチンと指を鳴らすと奥の左側のドアが開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガォォオオオンッッ!!!

 

 

凄まじい野獣の雄叫びが教会内に響く。

身体は黄褐色から赤褐色だが、腹と四肢の内側は白色。

人間を丸呑みできそうなほど巨大な口を持っており、立派な鬣(たてがみ)を持った百獣の王がのっそりと姿を現した。

 「ら、ライオン!?」

 「ただのライオンじゃないわ。黒い山羊(やぎ)と赤い竜の首。コウモリの羽、おまけに尻尾は緑の蛇……あれは…そんな」

 「そう。ギリシャ神話の怪物、キマイラよ。今日はまだ何も食べてないから腹ペコでイライラしてんの。そこであなたたちに餌をやってもらいたいってワケ」

 「あたしたちは餌なんて持ってないわよ!」

 「…俺たちが餌ってことだろ」

 「わかってるわよそんなことは。はっきり言わないで!」

キマイラは唸り声を上げながらこちらへ近づいてきた。

真紅の眼(まなこ)がこちらをギロリと睨み付ける。

 「歓迎されてないようだな。すっごい機嫌が悪そうだし」

 「今は20世紀、科学の時代なのに、こんな神話の怪物があっちにもこっちもいるなんてどうなってんのよ。この町は!? バハムートといい、キマイラといい、なんなのよ、ったく!」

 「また言ったな。バハムートって!イスラームがどうしたんだ?」

 「何が!?」

 「バハムートだよ。化け物だって言ってたじゃないか。バハムートってのはイスラームの怪物のことだろ」

 「あんたねぇ!状況を考えてから言いな――」

 「 伏せろ!」

突然ヴォルフはルクスを押し倒した。

―――ゴオオッ!!!―――

火炎放射器から発射されたように、一直線に舞う炎が正面出口を焼き払う。

「驚いたぜ。火まで吐くのかよ」

10メートル以上先から突然火を吐き出したキマイラの行動に驚いたのはヴォルフだけではなかった。

飼い主であるシスターもまた驚いた表情を浮かべている。

「この…お馬鹿!誰が火を吐けって言ったのよ!火事にしちゃってどうす――――」

「ガオオオンッ!」

 「――――!!」

―――ゴォォォォォ―――

悲鳴を上げる暇もなく、シスターはキマイラの吐いた炎で包まれ、そのまま倒れてしまった。

おそらく死亡しただろう。

ぴくりとも動かない。

「ちぃっ!」

ルクスが銃を構えて発砲した。

キマイラの肩口に命中。

すかさずボルトのコッキングハンドルを上に持ち上げ、そのまま手前に引き、空薬莢やっきょうを排莢する。

ボルトを前進させ、コッキングハンドルを下げて装弾完了。

二発目を発射する。

命中するが、キマイラの怒りを買っただけに追ったようだ。

ルクスはボルトアクションの連発性の無さにいまさらながら舌打ちした。

使えないライフルを放り出して、腰のホルスターからシングル・アクション・リボルバーを抜き、同時に親指でハンマーを起こして引き金を引いた。

そのまま引き金は引きっぱなしでハンマーを左手の人差し指、中指、薬指、小指が流れるように叩いていく。

タタタタタンッ!!

 「…え”?」

ありったけの弾をぶち込んだのにも関わらず、キマイラは野生のスピードでこちらに向かってきていた。

その恐るべき脅威は床を蹴り、一瞬のうちに間合いを詰める。

ルクスの背筋に冷たいものがはしった。

どごんッ!!

そのとき、何かが爆ぜたような音と悲鳴を上げて仰け反るキマイラ。

 「何だ!?」

どごんッ!!どごんッ!!

一発、もう一発。

撃たれるたびにキマイラは出血しながら後ろに下がっていく。

銃声と装弾の音は窓側から聞こえた。

窓側に視線を追ってみると、そこにはルクスの幼馴染がショットガンを構えている姿があった。

ストック下部についている巨大なトリガーガードを下に引くことにより弾丸を装填するという変わった装填方法を持つショットガンは、もう一発、もう一発と神話の怪物に散弾を叩き込んでいた。

 

「ルクス! はやく出ろ!」

 「アルク!」

 「ルクス!今だ。はやく出るぞ!」

ヴォルフは火に包まれたドアを蹴飛ばして無理やり開かせる。

教会の前には荷台に簡単な枠をつけて幌をかぶせた幌馬車と呼ばれるタイプの馬車が待っていた。

いや、正確に言えば“ラクダ”車である。

四頭のラクダのハーネス(革製品で作られた馬具)にはチェーンがつけられ、幌馬車を引いていた。

 「はよ乗れ!」

 「じっちゃん!?」

ラクダの手綱を握っていたヘクターが手巻きする。

ヴォルフは幌馬車にリューシーを乗せて、自身も乗り込む。

一方、アルクは最後の弾を叩き込み、

 「ったく。今日はなんだんだ。まるで悪い夢を見ているみたいだよ…」

二人(三人?)が外へ出るのを確認してから自分も去ろうとするが、

ドカァァァンッッ!

「うあわああっ!??」

まるで手榴弾が爆発したような音が響き、アルクも爆風で吹き飛ばされて向かいの壁に叩き付けられる。

ガラスというガラスが粉々になり、窓の部分は原型をとどめていない状態だった。

その中から手負いの獅子が現れる。

「な、な、何じゃいあれはッ!」

「爺さん!はやく出せ!ここから逃げるんだ!」

ヴォルフの言葉に従い、ヘクターは一刻も早くこの場から逃げようとラクダを走らせた。

 「待って!アルクがっ!」

 「おいアルク!捕まれ!」

ヴォルフは荷台から地面すれすれまで身を落とす。

 「くぅっ!」

ヴォルフの伸ばした手になんとかしがみつくアルク。

そのまま引っ張り上げ、なんとかアルクを荷台に引き上げる。

ラクダ車のスピードが上がってきた。

ラクダはその気になれば馬と同じくらいの速さで走ることができる動物である。

すぐにキマイラとの距離は数十メートルになった。

 

「ガルルル!!!」

キマイラが憤怒の雄叫びを上げた。

自分をこんな目に合わせたヤツらは決して許さない。

神話の野獣が怒りに狂い、ヴォルフたちの後を追いかけはじめた。

狩りの時間だ。

その頃、火事になった教会は崩れ落ちる寸前だった。

その中から女性の姿が。

さきほど丸焼きにされたシスターが現れる。

その姿は奇妙にも半身が黒こげであるが、半身はまったくの無傷だった。

数秒するとその黒こげの部分が元に戻っていく。

普通の人間なら確実に死ぬほどの大火傷だったはずだが、数十秒もすると火傷は完治していた。

 「ちっ。やっぱり、“あの帯”がなければ魔獣を操ることはできないみたいね。ナオミ…絶対逃がさないわよ」

シスターはそう呟くと闇の中に消えていった。


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