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疾風怒濤!!
strum und drang!!

――― 同日、《ヘラクレア郊外》 

朝日は一日のはじまり。

夕日は一日の終わり。

あったであろうこの世の始まりから、あるであろうこの世の終わりまで決して終わらない大自然の摂理。

黄昏。

太陽が水平線の向こうに姿を隠そうとする。

ヤシの木が逆光で黒く見えた。

闇と光の境界線。

古来より、人々はこの時間帯を不安定なものと考え、邪悪な怪物が跋扈ばっこすると考えた。

しかし、オレンジ色の光が白い街を染め上げた《ヘラクレア》は真珠のように美しい。

黄金の街の人々はこれからが一日のはじまりであるかのように活気づいている。

 「ルクス。ここからどうするんだ?」

 「んー。とりあえずパパの助手だった人のところを尋ねてみようと思うの」

あれから1ヶ月。二人は海を渡り、砂漠を越えて《デザート・パール》に到着した。

ルクスの格好はイエローのベストにパンツ、道中で買ったサファイア(まがい物だと知っているがデザインが気に入った)のイヤリング。

まるで踊り子のような格好だ。

一方のアルクは黒シャツにリーフ迷彩ジャケット、同じ柄のパンツに編み上げのブーツ。

腰ベルトにはシース(鞘)に収まった仰々しいスタイルのサバイバル・ナイフをぶら下げている。

これから登山でもするような格好だ。

「クラークさんの助手? なんで本人のところにいかないんだ?」

「その本人の居場所がわからないからよ。今頃どこをほっつき歩いてるのやら…?」

ルクスの父親であるクラーク・フランクリンはこの《ヘラクレア》を拠点にして辺りの砂漠を調査していた。

本人の手紙によればの話であるが。

おそらくは発掘した遺跡にいるのだろうが、地図に載ってない場所である。

「それにしても人が多いわね」

「今日はお祭りなんじゃないか。露天商がそこらで店を開いてる」

「そうかもね」

ルクスが相槌を打つ。

アルクの言うとおり、この街はどうやらお祭りの下準備に追われているようで、どこも活気があって忙しそうだ。

同じ国のどこかで戦争が起きているなんてとても信じられない。

「この人よ」

歩きながらルクスが写真を手渡した。

「…ホントに?」

若い女、まだ少女と言っていい娘が白人の中年男性と一緒に写っている。

結構可愛いな、とアルクは思った。

それとともにどこかで見たような気がする。

あれはどこだったか……

自分がこの子を知っているはずはない。

ないのだが気になる。

「名前は?」

とりあえず聞いてみた。

名前を聞けば思い出すかもしれない。

「リューシアナッサ・アンピトリーテ」

あっけらかんと言うルクス。

名前を聞いたものの、やっぱり思い出せない。

はじめて見るのに、どこかで見たことがあるような気がするというあれだろう。

きっと既視体験デジャブだ。

アルクはそう思うことにした。

「クラークさんはなぜこの娘を雇ったんだろうな?」

「パパも男だからね。どーせなら若い娘をって助手に選んだんでしょ」

アルクの記憶によれば、たしかにルクスの父親のクラークは女好きで、奥さんにも先立たれてフリーの独身だ。

さらにルクスがそーいうことをほとんど気にしない性格なのでまったく咎めがない。

「…まったく、あの人はもう」

アルクが人差し指をこめかみに当てる。

頭痛のポーズだった。

ざわざわと人々が込み合っているスキをついて前に進む。

小路の両側に衣料品、日用品、食料品などの店が軒を連ねている。

「スーク」と呼ばれる市場だ。

街のいたるところでナツメヤシの木が天を突いている。

金色の実を付けているのもあった。

だいぶ歩いたところでアルクが口を開く。

「ところでルクス。そのリューシアナッサって子は今どこにいるんだ?」

「うーん、この地図によると《アブドカリーマ寺院》って建て物のすぐ傍らしいわ。だからとりあえずそこを目指してるんだけど……」

ルクスの言葉が途中で途切れる。

アルクにはその意味がよくわかった。

やっぱり迷子か、と。

無理もない。

ただでさえ迷路のような作りの街で、この人ごみである。

旅行者の二人にはどこも同じに見えてしまう。

「ま、迷ったときには誰かに聞けばいいのよ。それより喉が渇いたわね。買ってみる?」

おあつらえ向きに目の前にはココナッツ・ジュースが売っていた。

休憩がてらに二人分頼む。

 「観光かい?」

椰子の実の切れ目にストローを刺したジュースを両手に持った店主が言った。

ルクスから見てもかなり小柄な老人だったが、赤銅のように焼けた肌に白い髭、猛禽類を思わせる鋭い目つき。

いかにも頑固な面構えである。

老人は鮮やかな青い布をまとい、黒い布を頭に巻いていた。

「うらやましいのぉ兄ちゃん。こんな美人な彼女と一緒に旅行なんて」

 「か、彼女!?」

動揺して耳まで真っ赤にする兄ちゃん。

「違うわ」

真顔のまま即行で否定する彼女。

「パパをたずねて来たの。じっちゃんは知らない? 半年くらい前からこの街にいるクラーク・フランクリンっていう考古学者なんだけど」

「クラーク? お前さん、クラークさんの娘か?」

「そうよ。へぇ、結構有名人なんだ」

意外な事実にちょっと感心する。

しかし老人は、それはちょっと違う、と言いたげな視線を送る。

「……アメリカ人ってのはどこでも女を口説くもんなのか? あの人を見てるとそんな印象なんじゃがな。 つい先月もわしの家の隣に住んでる娘を口説いとった。 もっとも相手にされとらんようじゃが」

「……」

二人は返す言葉を失った。

どうやら探している親善大使はこの地に修正が難しい誤解を生んでしまったようだ。

「ヘクター爺さん。先に上がるぞ」

「ああ。お疲れ」

隣の店の主人が老人に挨拶して去っていく。

どうやら老人はへクターという名前らしい。

「もう店じまいなのか。 今日はお祭りなんだろう? なら稼ぎ時は今からじゃないのか?」

アルクは思ったことをそのまま口にした。

「何を言っとる。今日は神を祭る聖なる夜じゃぞ。商売なんぞは本来はおまけじゃい。君ら白人にも神はいるじゃろ。じゃが、君らはクリスマスだのなんだのと神聖な行事をなんだと思っておる。ここは異教徒にも寛容な土地じゃが、神を冒涜するような輩は歓迎されん。商売というのは生きるための手段であって目的になってはいかんのじゃ」

いまどき珍しい正論であった。

しかし、

「その割にはやる気満々の連中もいるようだが…」

アルクの言葉もまた正論だった。

たしかに店じまいしている連中も多いが、それとは逆にこれから店開きという連中もいる。

いかにもこれからが稼ぎ時だと言わんばかりのように品物を広げていた。

「……ふむ。寒い時代になったものじゃの…」

宙を向いてヘクターが呟く。

「このクソ暑いときに何言ってるのよ」

ルクスがあきれたように言った。

「それに店じまいって言っても、はやい話、祭りの夜まで働きたくないだけじゃないの?」

「……」

へクターが無言で難しそうな表情を浮かべる。

どうやらルクスの言葉は図星だったようである。

「あ、そうだ。《アブドカリーマ寺院》ってどこかわかる? この街って迷路みたいで迷っちゃったみたいなの」

さすがに気まずいと思ったのかルクスが話題を変えた。

すると老人はかっかっか、と笑った。

「そりゃ無理もないわい。他所から来た人にはどこも同じに見えるじゃろ」

何が楽しいのか鬼の首でも取ったように喜ぶ。

実はわかりやすい性格のようだ。

「ちょっと待っとれ。アブドカリーマはわしの家のすぐ傍じゃから一緒にいこう。ついでに観光案内もしちゃる。この街は街自体が観光名所みたいなもんじゃからな」

へクターは欠けた前歯で二カっと笑った。

 

 

数分で屋台をたたんだヘクターは人ごみを避けるように裏道を通って荷車を引っ張っていた。

さすがに地元の人間らしく、空いている道を熟知しているようだ。

隣の二人も先ほど買ったココナッツジュースを飲みながら先へ進む。

「ここは砂漠のど真ん中なのに、ずいぶんと豊かなんだな」

アルクが言った。

砂漠といえば厳しい気候と死と隣り合わせの世界。

それが彼のイメージだった。

しかし、ここの人々は決して楽ではないだろうが、死に直面しているほど窮屈な生活をしているようには見えない。

「これもオアシスのおかげじゃ。井戸があるから水には困らんし作物も取れる。贅沢しなければ生活に困ることはない。じゃが……」

ヘクターの声のトーンが暗くなる。

「オアシスの水もそう長くない。それはこの街の命がそう長くないことを意味しとる。何百年も前、東には大きな湖があったそうじゃ。じゃが、今では見ての通り、ただの砂漠じゃ。今、街で汲み上げている地下水はそのときに枯れたの湖の水なんじゃよ」

表通りから人々の笑い声が聞こえる。

活気に満ち溢れており、この街がゴーストタウンになるとはとても思えない。

「今はみんな笑っているが、この街から出て行くものも少なくない。みな新しい土地に移ろうとしてるんじゃよ。オアシスさえ枯れなければ誰も出て行かんじゃろうが……」

「あなたは出ていかないの?」

「わしはこの街で生まれた。ここを守るために銃を取って戦ったこともある。いまさら出て行こうとは思わん。……それが運命ならこの街と一緒に死ぬだけじゃ」

アルクは横目でへクターの腕を見た。

最初は何の傷だろうと思ったが、今はわかる。

弾痕だ。

この老人の話は本当なのだろう。

住み慣れた街を離れたくないという気持ちは世界共通のようだ。

ヘクターは料金ゼロということを差し引いても良いガイドだった。

この街は地区によって、主となった文明の差が明瞭になっている。

ギリシャ、カルタゴ、ローマ、オスマントルコ、そして現在のイタリアと様々な支配者の影響が街のあちこちに見え隠れしており、行き交う人々も実に雑多な諸民族で構成されていて、歩き回る人々がまったく異国同士のように見えた。

それでいて中東風のエキゾチックな雰囲気は長い年月をかけてその異空間を自然なものにしている。

くい、とルクスが幼馴染の袖を引っ張った。

「アレ見て、アレ」

「アレ?」

あれ、と言われても何のことやら。

とりあえず言われたとおり見る。

「…何かしらアレ。カリブの海賊パイレーツ オブ カリビアン?」

「……ここはカリブ海じゃないぞルクス」

ルクスが言った「アレ」は黒地に白のドクロマークの帽子をかぶっていた。

黒いコートに革のブーツ、そして何やらオカルトチックな装飾が施された宝剣を腰に挿している。

「んじゃ地中海メディタレニアンの海賊」

「海賊から離れられないのか…?」

「だってほら。あたしキャプテン・キッドとか好きだし」

「…思い出した。だから聖書を埋めたのか」

いつかルクスから聞いたことがある。

イギリス出身の有名な海賊キャプテン・キッドは航海の前に自分の聖書を海岸に埋めた、と。

しかしキャプテン・キッドの最後はボストンで絞首刑だったような……

「でも砂漠に海賊って変よね。普通は盗賊でしょうに」

「だから海賊じゃないって」

「じゃあ何なのよアレは。いまどき「ジョリー・ロジャー」なんてつけてるのは海賊マニアくらいでしょうが」

フランス語で「赤い旗」を意味するジョリー・ロジャーとは、いわゆる海賊旗に用いられるドクロマークのことである。

どうしても海賊から離れられない幼馴染にアルクはため息をつき、

「あれは「ジョリー・ロジャー」じゃない。「トーテンコップフ」だ。そんなものをつけている連中は世界でひとつしかいない」

「誰よ?」

「ナチス親衛隊だよ」

アルクはそう言った。

そして彼はいつものように何か悪い予感がした。


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