疾風怒濤!!
strum und drang!!

――― 翌日 《ヘラクレア アブドカリーマ寺院》

リビア。

かつてこの地は「アマゾン」と呼ばれる騎馬民族が支配し、「リビア」という言葉はエジプト以外の北アフリカ全体を意味する言葉であった。

古代の人々はアマゾン族が馬を飼い慣らした最初の者であったと言った。

広大な平原を疾走する騎兵は男であろうと女であろうと、歩兵にとっては恐怖の的だったのだ。

あるとき、ギリシャの英雄がアマゾン族の女王を殺害した。

彼は女王の持っていた魔力のある紐帯ちゅうたいを盗みたかったのである。

怒ったアマゾン族はギリシアに侵攻し、沿岸都市を荒らし、アテネを包囲攻撃した。

こうしてアマゾン族とギリシア人は戦争状態に突入したが、地中海の海戦に勝利したギリシャ軍は北アフリカにいくつもの軍事都市を建設した。

そのひとつが、戦争の発端となった英雄《ヘラクレス》の名を持つ街、この《ヘラクレア》である。

それから幾度も支配者が変わり、時の流れは要塞だった都市をいくつもの文明が入り混じったエキソチックな街へ変えた。

地中海沿岸とアフリカ内陸部の交易ルートの中継点として栄え、イギリスの図書には「デザート・パール」と記された。

四方を砂漠に囲まれていても、砂に埋もれずに高い建物が道の両脇に立ち並ぶ。

街を見渡せば、土のレンガを積み重ねた家が並び、その間を狭く入り組んだ路地が走るオアシス独特の美しい街並みがある。

ヤシ畑を見渡すと、その向こうには大きな砂丘が広がっていた。

町全体が丸みを帯びた外壁に囲まれており、その中に日干し煉瓦の住居が密集している。

街の中央にはキリスト教ともイスラームとも区別のつかない壮大な寺院があった。

キリスト教のモザイクと、イスラム教のアラビア文字、祭壇が共存したなんとも建築物。

一体どちらの教会なのか。あるいは両方なのか。

支配者の宗教によって両方の教会に改築されたことがあるこの建物 《アブドカリーマ》 は、現在この町の歴史を保存する博物館になっており、式典や祭典の会場としても使われることがあるらしい。

中央の巨大なホールには即席の演劇の舞台が整いつつあった。

人々が忙しそうに働いている。

いたるところでカーン、カーンと木槌の叩く音が響いていた。

黄土色のYシャツ姿のヴォルフは、現場監督に指示されながら重そうな荷物や木材をあっちへこっちへと運んでいた。

       

「お約束というかなんというか…身体って、ようするに人手が欲しかったのか」

「ええ。大道具を運ぶ人が足りなくて」

額に汗を浮かべながらリューシーが言った。

二人は朝からずっと荷物運びをしている。

前日の死にかけていたとは思えないほど元気になったヴォルフはひたすらこき使われていた。

町の住人はよそ者のヴォルフを不信な目で見ていたが、一宿一飯の恩義から何でも「はいはい」と働いていくうちにその視線も薄れていった。

落ち着いてくると話をする余裕もできてくる。

「君も変わってるな」

ヴォルフがリューシーに言った。

「え?なんでですか?」

「だって俺みたいな素性の知れない男を家に連れ込んだぜ」

「いけませんでしたか?」

「そりゃ感謝してるが、俺が悪人だったらどうするんだ?」

ヴォルフの言葉にリューシーは、ええ!と少々大げさに驚いてから、何かを疑うような目をしてふと聞いてみる。

「………あなた、お尋ね者だったんですか?」

「そんなわけあるか!俺は・・・ただの迷子だよ」

そこまで言って、ヴォルフはちょっといじけたように顔を曇らせた。

はあ、とため息が出る。

(そっか…迷子なんだよな今の俺は。かぁっこ悪ぃ…)

顔を手で覆って現状の自分に落ち込む。

仲間が命がけで戦っているってのに、今の自分は女と楽しくおしゃべり。

いや、わかってる。

このひとは命の恩人で、決して楽しむために一緒にいるわけじゃない。

ここは戦場から何マイル。

中隊本部に合流するにはラクダと食料、水と地図が必要だし、それを得るには金か、それに相当する代価を払わなければならない。

何の装備もなしに砂漠を横断するのは自殺行為だ。

だからこうして働いて旅費を稼いでいるのだ。

と、必死で自分を説得する。

「ほうっておけないでしょう。砂漠で死にかけてたんですから」

それに、と言葉を続ける。

「軍人さんに質問しても答えは返ってこないことくらい知ってます」

「ちょっと傷つく言い方だな」

ぶすっと呟く。

兵隊であるだけで全人格を否定されたような気分だった。

「じゃ、聞きますけど。あなたの所属中隊は?何の作戦で、どこへ移動中だったの?」

「…」

ほら見ろ、という視線。

「あなたが悪人だったなら砂漠があなたを始末しているでしょう。あなたが助かったのは悪人ではなかったからです」

「砂漠の神って、そりゃ砂悪魔ジニスじゃねぇの…?」

「森羅万象、天地万物、この世のすべてには神が宿ります。たとえばこのトンカチにだって神さまの家なんです」

手に持った木槌を突きつける。

ヴォルフは無言で突きつけられたハンマーを横にそらす。

褐色の少女は何事もなかったように話を続ける。

「砂漠の神があなたを助けた。だからあなたは悪人じゃない」

「…」

よくわからん説明だ、とヴォルフは思った。

だが、少女は自説に自信満々のようでまったくおかしいと思っている様子はない。

「助けてくれたのは神じゃない。君だ。君のおかげだよ」

「わたしは神の声を聞きました」

「ほぉ」

「ドイツ兵を助ければきっとあとでお金がもらえる」

「……」

じと目のヴォルフ。

「やーですね、ジョークですよジョーク。くすくす」

「いや、目がマジだった」

たしかにマジだった。

あれは、少なくとも嘘をついている目じゃなかったぞ。

「酷いです。わたしがそんな目をしてるっていうんですね!」

ぷんぷん、と頬を膨らませる。

しかしよく考えれば言い出したのはこの女である。

「……はあ。よく分からない人だな、君は」

ヴォルフは疲れたように言った。

「何言ってるんです。昨日会ったばかりですよ。わたしたち。お互いの名前以外に知ってることありますか?」

君が変わった人だということはよくわかったよ、とは言えなかった。

「…」

「……」

「………」

それきり沈黙が続く。

作業の音だけが鳴り響き、仕事上に必要な会話だけがかわされる。

「…………あなたは似てるんです」

沈黙を破ったのはリューシーだった。

「誰に?」

「わたしには兄さんがいたんです」

いた、ということは過去形だ。つまり今は…

「ずっと前に死んじゃいましたけどね」

ふと空を見上げる。

リューシーは表情を消していた。

笑顔がデフォルトのような少女だったので、なぜかどこか悲しそうに見えた。

まるでいつもの笑顔が無理やり作られた偽者のような気がするくらいの――――悲しい表情(かお)。

「どうかしたんですか?」

「い、いや別に…」

一瞬、呆然としてしまったヴォルフは頭を振って雑念を追い出す。

「仕事が終わったら、ちゃんとご飯と寝る場所をあげますからがんばってくださいね」

「働かざるもの喰うべからず、か。どこでも同じだな。ん?」

魚の焼ける臭いがヴォルフの鼻をつく。

寺院の外から臭ってくるようだ。

「砂漠で魚料理とは贅沢だな。簡単には手に入らないだろ」

「そうでもないですよ。この町では魚が釣れるんです。砂地の下にいくつもの地下水流が通っているので」

「ふーん。不思議な感じだな」

よっこらせ、と荷物を置く。

「もうすぐで休憩です。お昼は焼き魚を食べましょう。どうです?」

「ああ。そりゃ楽しみだ」

ヴォルフはタオルで汗を拭うと再び箱を持ち上げた。


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