疾風怒濤!!
strum und drang!!

「存在するすべてのものは、破壊に値する」

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (『ファウスト』より)

 

 

 

 

 

かつて、我々の世界は神々のものだった。

神々は互いに対立し、互いに団結し、互いに殺しあった。

戦いが力を求め、力が破壊を招いた。

やがて最後の戦いがはじまり、

星をも破壊する神々の力は自らの歴史に終止符を打った。

神々は世界から消え去り、

世界から《魔法》が失われ、

人間の時代が到来することとなる。

この世界が神々のものだった事実は忘れ去られ、

伝説だけが今に残る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 西暦1941年4月23日 アメリカ合衆国 テキサス州 フェルナンデス邸

本日天気晴朗ナリ。

風に流れる雲を眺めながらアルク・フェルナンデスは自宅の二階で遅めの朝食を取っていた。

部屋の窓からはのどかな田園地帯がどこまでも続いている。

まだ幼さが残る青年で、このログハウス家は以前に一家が住んでいたが、両親は仕事の都合でニューヨークに引っ越すことになったのでこの家を手放すつもりだった。

アルクは両親に無理を言ってここに残ったのだ。

こんな田舎に。

地平線の彼方に続く牧場の牛が草を食み、茶色く濁った亜熱帯の川辺で日光浴を楽しむアメリカンアリゲーター。

都会の病んだ空気に毒された人間ならば、これほど澄んだ空間もないだろう。

しかし、それはあくまで外部の人間の話である。

人間より牛の数の方が多いこの土地に飽きていたのは確かだった。

ならばせっかく外の世界に出る機会があったのに、なぜこの土地に留まったのか。

それは彼にとって、外の世界に出るよりも『価値のあるモノ』がここにあったからだ。

 「おーい。ルクス。ルクス・フランクリン!」

アルクの部屋の窓から下を見下ろすと、彼がここに住んでいる最大にして唯一の原因が土いじりをしていた。

 「なーにーアルク? 呼んだー?」

絹のように細い金髪を後ろで結った少女が大声で返事をした。

歳はまだ20歳にも満たないだろう。

身体つきはともかく、まだ小娘といっていい童顔の女の子である。

学校のダンスパーティで化粧をしてドレスを着たときは立派な淑女だったが、鼻の上を泥で汚しながら作業している今の姿はただの田舎娘だった。

だがアルクは男に媚びない幼馴染の天真爛漫な性格を気に入っていた。

「どうしたんだルクス。そこは畑じゃないだろ」

「見りゃあわかるでしょ」

(…わからんから聞いているんだが…)

アルクがいろいろと考えているとルクスがなにやら本を埋め始めた。

「あれは…?」

見覚えがある。

あれはルクスの聖書だ。

そしてルクスがその本を埋めようとするのを見て、

「ルクス!」

アルクは二階の窓から飛び降りた。

猫のような身の軽さで軟らかく着地する。

初めて見る人間なら驚く特技だったが、人間というのは慣れてしまうと驚かなくなる。

驚かないので感動もしない。

「アルク。ちゃんと階段使いなさいよ。お行儀が悪いわ」

「君に行儀の悪さを言われたくないな。それよりそれは聖書だろ?」

ルクスの持っている古ぼけた本を顎で指す。

「そうよ」

「なんでそんな罰当たりなことをするんだ。地獄に落ちるぞ」

敬虔けいけんなカトリックであるアルクにとって、聖書を粗末にすることは鬼門である。

「ナチと組んでるローマの連中の方が地獄行きだと思うけど?」

「ぅ…」

アルクが答えに詰まる。

ナチス・ドイツ。

悪の帝国の代名詞として、ナポレオン以来、欧州全土を征服しようとしている軍事国家だ。

昨年チャップリンの映画が大ヒットしたせいもあって、ここアメリカ合衆国でも評判は悪い。

しかしローマ・カトリックの総本山であるヴァチカンはロシア共産主義に対抗するためにヒトラーと手を組んだ。

神の代理人であるローマ法王がナチスを公式に認めたことは全世界のカトリック信者のジレンマであり、できればなかったことにしたい事実である。

「法王にもいろいろ事情があるんだろう…。でも、それとこれとは関係ない。罰当たりなことをするんじゃないよ」

「捨てたんじゃないわ。埋めたの」

これでよし、とルクスは作業終了に納得した表情を浮かべた。

「これは財宝探しのジンクスよ」

「聖書を埋めるのが験かつぎなのか?」

「そう。航海の前に聖書を埋めると財宝が見つかるの」

(…そんなの聞いたことがないぞ…)

頭の中の知識を総動員して検索するもまったくヒットしない。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい、そうすれば、見つかる」

「マタイの7章7節」

「…あんた。ひょっとして聖書の内容全部暗記してるわけ?」

即答したアルクにちょっと驚く。

「大したことはない。それよりも航海とは何のことだ」

「ちょっと財宝を探しにアフリカまでね」

「そっか。アフリカか。それは遠くまで・・・って。あ、アフリカぁぁぁ〜〜〜!!!」

アルクが驚愕の声を上げる。

「ええ」

対照的なルクスのあっさりとした反応。

「どういうことなんだ。ちゃんと説明してくれ」

「わかったわ。ちょっと家に来て」

すぐ隣のルクスの家に入り、階段を上って彼女の部屋へ。

壁にはポスターの代わりに世界地図が張られ、部屋の隅には使っていないアンティークなランプやトランプ、キーホルダーなど旅行の土産が酷い扱いを受けていた。

脚に見事な装飾が彫られた机は本が山積みにされており、何かの調べものをしたあとのようだった。

はっきり言って年頃の女の子の部屋ではない。

ルクスは机の上のガラクタを押しのけて場所を作り、そこへ手に持った配達物の紙袋を開いた。

「その包みは?」

「パパからよ」

「クラークさんから?」

配達された包みの中身は手紙と、十字架の中央に鏡を埋め込んだ、巨大な中世スタイルのペンダントだった。

ルクスは手紙を見せびらかせるように片手に持ち、

「今朝届いたのよ。ようするにこっちに来いってことみたい」

「こっちって…あ、アフリカに!」

ルクスの父、クラーク・フランクリンは考古学者だ。

半年前からアフリカのサハラ砂漠で未発掘の遺跡を捜索している。

「シレナ国が本当にあるなんて誰も信じてなかったわ。世界中どこだって聖ジョージ祭は毎年やってるくせに」

「悪いドラゴンにさらわれたお姫さまを勇者が助けて世界を救う。ただのおとぎ話だよ」

「だからよ」

びしっ!とアルクを指さす。

「聖ジョージの伝説は13世紀のイタリアの本に載っていただけで、それがどこまで本当なのかどうかはわからないわ」

「…ドラゴン退治なんてイタリア人が作った作り話に決まっているだろ。この世にドラゴンなんていてたまるか」

「あー!もー!どーしてそういう正論を吐くの!」

「一応、正論だと認めてるんだね」

開き直った人間には何を言っても無駄である。

「クソまじめに毎週かかさず教会に行くくせに、どうしてそーいうところだけは現実的なのかしらね」

ヤファエはいるがドラゴンはいない。信仰と妄想は違うよルクス」

「うわ。言い切りやがった…しかも鼻で笑いやがった」

妄想の部分に強いアクセントをつけたアルクの言葉に、ルクスは大げさに両手を広げて肩をすくめる。

「とにかくっ、あたしが知りたいのは聖ジョージの伝説が本当にただのフィクションなのかどうかよ。ドラゴンはともかく、その元になったお話や舞台はあってもおかしくないわ」

アルクは風邪で頭痛がするときのポーズを取り、

「君は第二のシュリーマンになりたいのか?トロイみたいな遺跡が見つかると本気で思ってるのか?」

「見つかったじゃない。これがその証拠よ」

ルクスは、ドラキュラ伯爵と立ち会ったエイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授のように、送られたペンダント「クロス・オブ・ソウル」の十字の下の部分を握って突きつける。

とたんにアルクがヒステリックな金切り声をあげてそっと十字架を掴んだ。

アルクは表情を消すと、じーっ、とルクスの顔を見つめる。

「わたしは反対だぞ」

「あたしがポストシュリーマンになるのが?」

「違う。シレナに行くのがだ」

両手を腰に当ててくるりと振り向きながら声を立てる。

「ルクス。見つかったシレナの遺跡ってのはリビアにあるんだろ?クラークさんが行ったのはリビアだ」

「そうよ」

「リビアがどこにあるか知ってるのか」

「アフリカ」

「正解」

よろしい、とアルクが納得する。

「じゃ、問題だ。ドイツ軍とイギリス軍が戦っているのは?」

「大西洋。こないだ英軍のプリンスだか、プリンセスだかって新型戦艦が就役したってラジオで言ってたわ」

「わたしが言っているのは陸軍の話だよ」

ハァとため息をついてからアルクが怒鳴る。

「リビアだ!エジプトのイギリス軍とイタリアのドイツ軍が衝突している激戦地だぞ。そんなところへ行くなんてわたしは絶対に許さない!」

「別にアルクが行くわけじゃないでしょ」

「ルクス。わたしは君が心配なんだよ。戦争はそのうち終わる。前の戦争だって4年で終わったんだ。あと2、3年待って平和になってから行けばいい」

「何言ってるのよ。その間に他の連中に先越されたら元も子もないわ」

「死んだらもっと元も子もない」

「パパはもう半年もそこにいるのよ」

「う…」

切り札を出されて黙り込むアルク。

「大丈夫、戦場は海岸線でしょ。シレナの遺跡は内陸部よ」

「どうしても行くのか?」

「行くわ。さっそく準備して今日の夜にはニューヨークに出発する」

「こ、今夜に! 早過ぎないか!」

慌ててアルクがなんとか説得を試みる。

「ルクス、今夜は聖ジョージの祭日の前夜だ。今晩、時計が十二時を打つと、世界中のすべての悪霊が我物顔で歩き回ると言われている。今夜出発なんて急すぎる話だし、縁起が悪い。だからせめて明日に…」

「手紙によると遺跡は《雪の砂漠》にあるんだって。サハラ砂漠のど真ん中にあるのに、その周りはまるで晴れたスキー場みたいだそうよ。どーいうことなのかしら?ふふふ、楽しみだわー。くすくす」

アルクの言葉は届いていなかった。

ルクスは目をリンリンと輝かせている。

彼女がこの目をしたときは何を言っても無駄であることをアルクは長年の付き合いでよくわかっていた。

そして同時にロクでもないことに首を突っ込…巻き込まれる前兆であることもよくわかっていた。

アルクは何かを決意したような顔をするとドアの方へ向かっていった。

「アルク、どこに行くの?」

「荷物の準備!わたしも付いていくからなルクス!」

怒鳴り声を上げてドアを力いっぱい閉める。

「知らないぞ。どうなっても。ルクスの性格じゃ、すぐに面倒ごとに首を突っ込むことになる。その度にわたしがそれの尻拭いをする羽目になるんだ・・・!いつものパターンだ。あー、嫌な予感がするぞ。嫌な予感が…」

がたがたがたーん!!

階段から何かが転げ落ちる音が響いた。

ルクスがドアを開けて階段の下で倒れている幼馴染に声をかける。

「大丈夫ー?」

アルクにその言葉は届いていなかった。

「・・・ほれ見ろ。嫌な予感がしたんだ」

誰に言うわけでもなく、アルクは吐き捨てるように呟いた。


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