
疾風怒濤!!
strum und drang!!
〜その他の登場キャラクター〜
アルバート・ゴールドバーグ 
イメージCV:安原義人
通称アル。24歳の元ナチス・ドイツ兵のユダヤ人ハーフ。アルはユダヤ人であるが、金髪碧眼の美男子だったため、ナチスの宣伝誌に「理想的なドイツ兵」というキャプション付きで写真に載ったことがある。
アルの父親は第一次大戦でドイツ軍バイエルン歩兵予備第16連隊所属。16連隊はアドルフ・ヒトラーが所属したことよりも、勇敢なユダヤ人将校たちで有名だった。第一次大戦はドイツのユダヤ人たちにとって社会的には法律的な平等を彼らに与えた国への愛国心を示す最初の大きな機会だった。第二次大戦の日系アメリカ人部隊が平均以上の働きをして祖国アメリカへの愛国心を示したことは有名だが、それと同じことが第一次大戦のドイツでも起きていたのである。しかし、彼らの活躍にも関わらずドイツ敗戦。スパルタクス団などのようなユダヤ人共産主義者の暴動で、ドイツ国内ではすっかりユダヤ人は嫌われものになってしまった。アルの父はユダヤ人がドイツ国内で社会的に認められることはもはや不可能だと悟り、一家そろって書類を偽造。ユダヤ人だったことを隠蔽してこの世を去った。
アルは自分がユダヤ人であることを知らずに育ち、そのままドイツ国防軍へ徴兵。ポーランド戦で負傷し、左手の握力が常人の半分以下になってしまう障害を背負ってしまったために除隊。以後はジャーナリストとして地中海を中心に活動。リューシ―とも知り合いで様々なところに独自のパイプを持っている。カチンの森事件やユダヤ人収容所の取材も受け持つ。その頃に自分の家系図を調べてはじめて自分がユダヤ人であることを知る。「ゴールドバーグ」というのはユダヤ系の苗字。アルバート・アインシュタイン(ドイツ語で”一つの石”の意味)もそうだが、ユダヤ人の苗字には鉱物の名前が多い。これは昔の欧州人が基本的には白人で、外見の見分けがつかないユダヤ人を区別するために作った差別慣習である。
戦後、連合国が「ナチスはユダヤ人をガス室で殺している」ということを言い出したが、本人は収容所を直接取材したことがあったので、これが嘘であることを知っていた。赤十字がアウシュヴィッツの水道管まで詳しく調べたとき、彼も一緒に取材したのでアウシュヴィッツのガス殺が嘘であることは知っていた。しかし戦後の空気ではそのことを言い出せなかった。もしも本当のことを言えば、1944年にアウシュヴィッツを検査した赤十字の代表ベルナドット伯のようにシオニストに暗殺されてしまうからである。
数十年後、中東戦争の取材のためにトルコのイスタンブールに住んでいたアルのもとに、テキサス出身のユダヤ系アメリカ人教授が訪れた。彼はアルのような元ドイツ国防軍兵のユダヤ人の証言を集めており、いずれは本にしたいという。ドイツ政府などの協力のもとで調査した結果、ドイツ軍には15万人のユダヤ人がいたこと、すでに数百人にインタビューしたことを聞かされる。そして教授のインタビューにアルはこう答えた。それは教授に質問された他の数百人のユダヤ人の答えとまったく同じものだった。
「わたしはヒトラーのユダヤ人絶滅計画については何も知りませんでした。それをはじめて聞かされたのは戦後のことです」
ゲルハルト・グラーフ・フォン・シュタイナー

イメージCV:郷田ほづみ
1896年ベルリン生まれ。代々軍人の家系で、父親はモルトケの参謀本部勤務の経歴を持つ。自称「プロイセンの騎士」のヴォルフとは違い、由緒ある伯爵家の当主である。
第一次大戦直前に士官候補生としてプロイセンの歩兵連隊に入り、第一次大戦では東部・西部戦線の最前線で戦い、数々の戦傷と引き替えに武勲を得る。西部戦線の「タンク」登場時には、潰走寸前の砲兵部隊を捕まえ、野砲の水平射撃で多数のタンクを撃破。その功績により、プール・ル・メリットを受章。終戦を野戦病院のベッドの上で迎え、当時の階級は中尉。
ワイマール共和国軍に残り、一時駐日独逸大使館付駐在武官(少佐)として大阪→東京に赴任。この時に大神一郎海軍中尉と知己を得る(霊子甲冑の実戦データ取りという裏任務あり)。帰国後は「少数精鋭の特殊部隊」設立を唱え、グデーリアンと並ぶ改革派であったが、国防軍では理解されず、その理想は1935年にSSに入隊して実現される。第二次大戦では、主にドイツ系外国人や外国人志願兵を中心とした部隊を率い、ポーランド、フランス戦の後SS少将に昇進。バルバロッサ作戦以降はほとんどを東部戦線で過ごす。ソフィアとは1941年冬に東部戦線で知り合い、その指揮能力を高く評価している。
終戦間近に北部ドイツのドイツ軍全部隊の指揮権を与えられるが、現実には戦力と呼べる物は存在せず、民間人と麾下の将兵を西側に脱出させるために奔走する。クララとその家族も西側に脱出させ、イギリス軍に降伏する。最終階級はSS大将。剣付柏葉騎士鉄十字章受章。
戦犯訴追を逃れ、戦後は新生西ドイツ軍創設に関与し、また執筆活動や「武装SS相互扶助協会(HIAG)」のメンバーとして武装SSの名誉回復に努める。父親が参謀将校だったため、軍人としては視野が広く、人種・思想的には差別意識はないが、ポルシェヴィキの恐ろしさは嫌という程思い知らされており、対ソ戦の実績が評価され、連合軍への情報提供と共に戦犯訴追を逃れたとも言われている。
また、前線の状況を正確に報告し、ヒトラーにも直言するため、ヒトラーも最後にはある程度自由な裁量権を与えてこの問題を解決(逃避?)した。そのため、麾下の将兵からの信頼は厚かった。
世代的にはヴォルフやソフィアの親の世代に近く、二人の後見人的存在である。二人が弁護士であるとすれば、さしずめ弁護士事務所の話のわかる所長といったところであろうか。行列ができる相談所かどうかはわからないが(笑)駐在武官として日本に赴任した時、最初の任地が大阪の総領事館だったため、日本語は関西弁で覚えてしまっている。また、紅茶党であり、紅茶の入れ方にうるさい(笑)
実際にフェリックス・シュタイナーSS大将は存在し、経歴は一部なぞってはいるが、SS大将の2割以上が1896年生まれで最も多いというのは事実である。また、武装SSでほぼ唯一と思われるプール・ル・メリット受章者であり(一般SSには受章者が存在する)、騎士鉄十字章と両方を佩用しているのは、全軍でもロンメルやゲーリングなどごくごく一部である。
イラストのモデルは「ラストエグザイル」のヴィンセント・アルツァイ。
名前の元ネタは、元F1ドライバーのゲルハルト・ベルガーとおいらのハンドルから。シュタイナー自体はとある映画の主人公から。
文&アイコン●STEINER